今月もBiotechnology Japan Webmasterの宮田が執筆させていただきます。著者の選定に今尚難渋しております。皆さんのお知恵を是非ともお寄せ願います。現在、一人ご推薦をいただいております。

 体操の内村航平選手の美技には参りました。しなやかで美しい演技も、たんぱく質のお陰であると考えると、妙な気分になります。生命現象を司る中核装置を研究する皆さんは極めて重要な立場にあると言えるでしょう。

 さて、プロテオームです。しかし、生命現象はたんぱく質だけでは進まないことも事実です。先週の金曜日にバイオ投資・ライセンス関係者の教育プログラム、バイオファイナンスギルドでエピジェネティクス創薬を議論しました。DNAのメチル化やヒストンのアセチル化・メチル化など、エピジェネティクスの化学修飾によって、遺伝子発現が支配されています。こうしたエピジェネティクスを操作することによって、医薬品が開発できないか?を議論いたしました。

 実際、今年は我が国にとってエピジェネティクス創薬元年とも言うべき年です。日本新薬が米Celgene社から導入した骨髄異形成症候群の治療薬「ビダーザ」を今年1月に販売認可を獲得、MSDは皮膚T細胞リンパ腫の治療薬として「ゾリンザ」を今年7月に販売認可を得ました。前者はDNAメチル基転移酵素阻害剤で、後者はヒストン脱アセチル化阻害剤という、いずれも主要なエピジェネティクスを調節する新薬です。

 しかし、こうした新薬はエピジェネティクス創薬から考えれば第一世代に過ぎません。両方の薬剤とも、目的の遺伝子や遺伝子座のエピジェネティクスだけに作用する特異性を欠いているためです。ゲノム全体のエピジェネティクス状態を変更させるだけに止まるなら、適応できる疾患は限定されることになるためです。造血系の、つまり白血病の一部と骨髄異形成に限定される可能性が濃厚です。エーザイが「ダコジェン」というDNAメチル基転移酵素阻害剤の適応拡大申請を米国で行っておりますが、それも老人の急性骨髄性白血病でした。

 こうした限界を突破するために、特定の遺伝子や遺伝子座のエピジェネティクスを変化させる特異的なエピジェネティクス創薬を目指さなくてはなりません。現在、ゲノムやヒストンのエピジェネティクスにかかわるたんぱく質は100種以上解明されており、しかもそれがたんぱく質の複合体を形成し作用することが分かって参りました。メチル化やアセチル化などを行う酵素複合体の研究はプロテオーム解析の貢献もあり、急速に全貌が明らかとなってきました。

 しかし、それでも何故、こうしたたんぱく質複合体が細胞核内で特定の遺伝子座のエピジェネティクスを支配しているのか?たんぱく質の構造だけでは分からない。謎が残っているのです。先週のバイオファイナンスギルドにお招きした産総研の広瀬先生によれば、どうやらncRNAとたんぱく質複合体が会合し、特定の遺伝子座のエピジェネティクス変化を誘導するらしいことが、昨年から急速に明らかになってきたのです。たんぱく質の合成をおこなうリボソームもRNAとたんぱく質の複合体でした。生体内の機能性のたんぱく質複合体とncRNAは更なる高次の複合体を形成して、機能しているのではないかと想像してしまいます。

 最初にこうした機能が発見されたncRNAはHOTAIRと名付けられたncRNAです。これがポリコーム複合体と会合し、がん転移に関係する遺伝子群のヒストンのメチル化を促進し、遺伝子発現を誘導することが、2010年に解明されました。その後、ANRILなどいくつかのncRNAもエピジェネティクスを修飾する複合体と会合し、がん化に関係することが明らかとなっています。

 いよいよ遺伝子特異的なエピジェネティクスの変化を掴んだか?と興奮しましたが、その後の懇親会で、HOTAIRのノックアウトマウスが最近誕生したところ、ピンピン生きていることが明らかにされ、再び私たちは謎の闇に投げ込まれる結果となってしまいました。しかし、たんぱく質複合体とncRNAによってエピジェネティクスの解明に一筋に光が見えたことは確実です。今後のプロテオーム研究の方向性を示したものだと考えています。

 皆さん、今週もどうぞお元気で。

        Biotechnology Japan Webmaster 宮田 満