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バイオインフォマティクス・システムバイオロジーの世界の潮流(第42回)
          -最近のトピックス-
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2011年10月10日
        理化学研究所 (兼) 産総研
             東京医科歯科大、慶應義塾大
           八尾 徹 yao@riken.jp

「理研サイネス八尾レポート」

皆様 いかがお過ごしですか?
前回このコーナーで書いてから3か月の間にも、いろいろなことが進んでいます。
ここでは、以下の4点をご報告しましょう。

1) 米国ジャクソン研究所の拡大計画-Dr.Edison Liu 所長-ゲノム医療へ
2) 米国ゲノムENCODEプロジェクトの第3期展開-今週から募集開始
3) 欧州ライフサイエンスデータベース計画の進展-ELIXIR構築のキックオフ
4) 中国CSHAの2年目-年間10数回のライフサイエンス国際シンポジウム

  その前にいくつか日本のニュースをご紹介します。
1) 本年8月に理化学研究所GSC(ゲノム科学研究連携組織)(和田組織長)主催の第2回七夕ミーティングが横浜研究所で開催されました。35才以下の若い先端研究者を内外から集めて激励しようというもので、今年もロックフェラー大、スタンフォード大、キュリー研など海外からを含む俊英の研究者27名の発表と参会者との討議で盛り上がりました。(「理研七夕ミーティング2011」でアクセス)

2)「生命をはかる」研究会(和田昭允会長)が、本年度特別企画として進めている「超チャレンジング研究をどう進めるか」の研究会が、佳境を迎えております。6月(6/2)から10月(10/4)まで4回にわたる研究会で、物質・脳・情報など多面的な議論が進んできました。(「生命をはかる研究会」 でアクセス)

3) 国際的に評価の高い代謝パスウエイデータベースKEGGの開発元である京都大学バイオインフォマティクスセンターが8月29日に京都で10周年記念シンポジウムをしました。また、日本のライフサイエンスデータベースの「統合の”カタチ”を探る」として10月5日(トーゴーの日)に各省合同のシンポジウムを開き、今後を展望いたしました。更に、タンパク質の構造・機能・情報解析の一体化と産学協同研究体を早く(1986年)から実現して国際的に注目されてきた「蛋白工学研究所/生物分子工学研究所」が、その25周年記念講演会を11月18日に東京で開催します。

4) 神奈川科学技術アカデミーKAST主催(理化学研究所協力)の「システムバイオロジー」講座が11月に4日間開かれます。この講座は今年で第5回ですが、当初から研究・企画のリーダー・幹部向けで、その影響からか最近は各社の「システムバイオロジー」への動きが顕著になってきています。今年の参加者募集が始まっております。(「KASTシステムバイオロジー2011」でアクセス)

以上4件とも、私に身近なニュースばかりで、たいへん失礼いたしました。

さて、最近の国際的な動向を4件ご紹介いたします。

1.米国の著名なジャクソン研究所が、大きな拡張計画を発表しました。
コネチカット州 Farmington に、ゲノム医療の研究所(Jackson Laboratory for Genomic Medicine) を新設するというもので、 20年計画で、当初10年300名規模、その後600名規模を目指し、予算は、20年間 $ 1.1 Billion(約840億円)と想定、173,500 平方フィートの研究棟を建てるとしています。既に、ジャクソン研究所の所長に、シンガポールのゲノム研究所 (GIS) の所長だった Dr.Edison Liu (前理研ACメンバー)が任命されており、今後の展開が注目されます。
尚、ジャクソン研究所は、マウスゲノムデータベースの継続予算$25M(約20億円)をNIHから得ることになったと9月30日に発表されました。

2.米国NIH/NHGRIは、ENCODE 第3期の全予算を$123M(約95億円)とし、秋から来年度の募集を開始すると発表しました。(10/10募集開始)  ヒトゲノムの遺伝子の網羅的機能同定を目指すENCODEプロジェクトは、2003年からゲノム1%領域を対象としたパイロット研究期間を経て、2007年からフルスケールの本格研究をしてきました。その間、線虫とハエを対象としたmodENCODE を 並行的に立ち上げて来ました。

今回、線虫・ハエ・マウス及びヒトをまとめたENCODEプロジェクトとし、次の3つのカテゴリーで公募を始めることにしています。全体として遺伝子領域に比べ制御領域の解明が十分でないとの認識の下、染色体の研究と多種細胞の研究に広げていっています。
1)線虫・ハエ・マウス及びヒトのゲノムのハイスループットデータを使った遺伝子カタログを充実させる。これらを一つの共同研究ネットワークの下で進める。
これらに携わる研究者を支援する。6~8チームを想定。
 2)上記の研究ネットワークから得られたデータのコンピュータによる機能解析を進める。 また機能解析の方法論の開発を支援する。また疾病原因遺伝子変異の解析法の改良も進める。5~8チームを想定。
 3)DCC(Data Coordination Center) の拡充を支援し2つのセンターを作る。一つは、プロジェクトデータの収集・貯蔵・流通を期間中ダイナミックに支援し、もう一つは、統合ENCODE解析を目指す解析法研究センターとする。

以上のような募集の中から、どのような新しいデータ・知見が生まれるか、更に新しい方法論が生まれるか、10月10日 に開始された募集に対する応募案件の採択結果が注目されます。ここで、もう一つ注目すべきは、ヒトゲノム完了後もこの分野の人材を分散させないようにこのプロジェクトを続けてきているという長期的な視点です。どの分野でも人材の継続性こそが重要であるという認識が大切でしょう。

3.欧州のデータベース活動 ELIXIR がいよいよその実施段階に突入します。ELIXIR は、過去数年間 欧州各国34機関が共同で、欧州全体の将来のライフサイエンス情報基盤をどうするかを14グループに分かれて検討を進めて来ておりました。議長は、EBI(European Bioinformatics Institute)のJ.Thornton 所長(たんぱく質データベース解析のパイオニア)が最初から務めており、中核メンバーにはDr.Tim Hubbard (Sanger Institute) も入っています。(Timは、蛋白工学研究所のポスドク1988-、CASPの発起人1994-、そして理研のアドバイザー2004- で、日本になじみの方です。)

この9月に、英国・デンマーク等5ヶ国とEMBLが正式に本計画の支援に調印し、他の国々も追随すると見られていることから、いよいよ本年11月にその具体的構築を始めるためのキックオフミーティングを行う運びになったと報道されました。今後の世界的なライフサイエンスデータベースのあり方に大きく影響することと思います。引き続き注目が必要と思われます。

4.中国CSHAの展開-2年目 (Maoyen 所長 2011/10/3理研横浜訪問)米国ニューヨーク近郊のCSHL(Cold Spring Harbor Laboratory) シンポジウムは、ライフサイエンスの国際シンポジウムとして長年(30年以上)に亘る実績を誇り、世界的な信用の厚いものです。ヒトゲノム関係の重要なミーティングもここで度々開かれてきました。年間に20回ほど、春・秋の毎週テーマ毎に数日ずつのシンポジウム・ワークショップが開かれ、夏にはサマースクールが開かれます。ライフサイエンスの多くの分野の研究者がここを訪れたことがあるという有名なサイトです。

ここが、以前から欧州とアジアに類似のサイトを作りたいとの世界戦略を持っていましたが、昨2010年についに中国蘇州(上海郊外)にそのアジアサイトがスタートしました。欧州はそれとは独立にハイデルベルグのEMBLが国際シンポジウムサイトになるとしています。

中国蘇州のこのサイトは、CSHA(Cold Spring Harbor Asia) と称し、本家のCSHL シンポジウムと同じスタイルをとっています。そのための非常に豪華なシンポジウム会場が建てられ、高級ホテルが隣接しています。まさに中国の現在の力を誇示するような状況です。(日本の20~30年前のよう)

昨年2010年4月の開所記念シンポジウムにはジムワトソン氏が基調講演をし、昨年は春秋あわせて11シンポジウムをし、今年は13シンポジウムをすることになっています。(9件終了)また数年後には、20~30の研究チームを持つとのことです。

実は、この計画を中心になって進めたのは、長年(20年以上) 米国CSHLの研究者であった Dr. Maoyen Chi (現CSHA所長)で、2006年発意・提案、2008年正式承認2010年オープニングという早さで実現したとのことです。ワトソンやCHSL本部の絶大な信頼と中国の上昇気流の中でなし得たことのようです。

若いMaoyen Chi 所長は、米国での研究生活画が長かったこともあって、最近の中国の量的拡大基調に全面的に賛成なわけではなく、サイエンスを大事にしていこうとの姿勢があり、日本の質の高い研究を評価されています。米中日の架け橋になろうとのお気持ちが伝わってきました。

いずれにしても、この動きは今後長い期間にわたってライフサイエンス研究にとって大きな影響があるものと思われます。ご注目ください。

皆様お元気でご活躍ください。ではまた。

                  2011年10月 八尾 徹 yao@riken.jp

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オーストラリアのビクトリア州を取材してきました
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 こんにちは。第2、第4金曜日を担当する日経バイオテク副編集長の河野修己です。日経バイオテクオンラインの大改変から10日以上が経過しましたが、使いごこちはいかがでしょうか。ご要望があればどしどしお知らせ下さい。

 さて、昨日まで1週間弱、オーストラリア・ビクトリア州(メルボルン市を中心とする地域です)のバイオテク事情を取材していました。ビクトリア州政府(オーストラリアは連邦制です)が日本からのバイオテクノロジーや医療・医薬分野への投資誘致を目指して、日本のジャーナリストを招致したツアーに参加したからです。

 当初はオーストラリアのバイオテクノロジーと言ってもあんまりピンとこなかったのですが、モナッシュ大学には政府が日本円で100億円以上を投じて再生医療研究センターが新設されるなど、公的支援はなかなか活発のようです。

 公的研究機関以外にも、再生医療のMesoblast社やDDS技術のStarpharma社など、既にかなりの成果を出しているバイオベンチャーも取材することができました。

 ちょうど当地で開催されていたトランスレーショナルリサーチのシンポジウムに参加していた先端医療振興財団の井村理事長、あるいは現地に工場などを持つヤクルト現地法人の社長にも取材する機会があり、これについては記事を掲載済みなので、是非、ご覧下さい。

ヤクルト豪州法人の大野社長に聞く、「アジア地域への原材料供給基地としても期待」
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20111014/155999/

先端医療振興財団の井村理事長、「我々は産学連携の触媒になる」
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20111012/155962/

 オーストラリアの印象ですが、日本が「欧米に取り込まれたアジア」だとすると、オーストラリアは「アジアに片足を突っ込んだ欧米」と言えるのはないでしょうか。何人かの政府関係者と話していると、欧米諸国と比較して、アジアへのシンパシーが強い、あるいは自分達が広い意味でアジア圏の一員だという意識を持っているように感じました。

 オーストラリアへの投資を考える上でメリットを1つ挙げるとすれば、私は国家システムだと思います。他の先進国と同様に成熟した民主主義、行政体制、法治システムがあり、欧米以外で最もカントリーリスクが低いように見えます。