こんにちは。第2、第4金曜日を担当する日経バイオテク副編集長の河野修己です。
 朝日新聞が東大医科研で実施された臨床研究を批判した件は、とうとう司法の場で争われることになりました。医科研の中村祐輔教授とオンコセラピー・サイエンスは12月8日、損害賠償の支払いと謝罪広告の掲載を求めて、朝日新聞を東京地裁に提訴しました。
東大医科研ががんワクチン報道に関して会見、中村教授は「自然な出血がなぜ問題になる」と憤りを隠さず
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/4303/
オンコセラピーの株価が10%下落、「がんワクチン試験で出血」報道受けて、問題のペプチドはVEGFR1由来
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/4301/
朝日新聞を提訴した東大・中村教授が会見、「記事は患者の目線を欠いている」
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/5588/
 提訴にまで至った理由は、朝日新聞が中村教授らの抗議に対して送付した回答書にあります。その内容は、記事には全く問題がないとするもので、中村教授らはこれ以上交渉しても意味がないと判断したようです。回答書は朝日新聞のWebサイトに掲載してあるので、読んでみました( http://www.asahi.com/health/clinical_study/101119_kaitou.html )。
 原告側がまず主張しているのは、有害事象が発生した臨床研究で使用されたがん治療ワクチンの開発者は中村教授ではなく、かつ臨床研究そのものにもかかわっていないのに、なぜ中村教授の名前を挙げて批判したのかという点です。
 朝日新聞の記事には、次のような記述があります。「医科研ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔教授がペプチド(注:ワクチンの抗原として使用したペプチドのこと)を開発し、臨床試験は08年4月に医科研病院の治験審査委員会の承認を受け始まった」
 しかし、上記のように、中村教授はこのワクチンの開発者ではありません。回答書ではこの点を次のように説明しています。「ここで言うペプチドは、消化管出血が発生した膵臓がん患者対象の臨床試験で用いられた、がん細胞へ栄養を送る新生血管を標的とした血管内皮細胞増殖因子受容体の一種である『VEGFR1』由来のペプチド(注:問題となった臨床研究で使用されたのはVEGFR1由来のペプチド)のみではなく、VEGFR1由来のペプチドを含む医科研開発のペプチド全体を指しています」。つまり、医科研が関係する臨床試験で使用されているがん治療ワクチンは、何であろうとすべて中村教授が開発者だと主張しているわけです。確かに中村教授はペプチドワクチンで著名な研究者ですが、研究組織の独立性うんぬんを言うまでもなく、この主張はかなり変です。
 では、原告が裁判で勝訴するかというと、私は簡単ではないとみています。このような裁判でマスコミが負ける場合、報道内容に明確なねつ造や真実と確認できないものが含まれていることがほとんどです。しかし、朝日新聞の一連の報道は、部分部分に事実がちりばめられているが、全体の論旨としてちょっとおかしいんじゃないかというタイプのものです。争点の中には、意見の違いや解釈の違いと見なされそうなものもあります。
 裁判には直接関係ないので原告は触れていませんが、今回の一連の報道の中で私が最もひっかかったのが、当該臨床研究が混合診療でないかと指摘した記事(10月16日掲載)です。朝日新聞は報道の大義として、被験者保護を挙げていますが、この16日の記事を見て、ほんとにそうなのか疑念を持つようになりました。
 混合診療とは保険診療と非保険診療を組み合わせて提供することです。文字で書くと簡単ですが、実際の臨床現場ではどういう場合が混合診療に該当するか、必ずしも明確になっていません。同じ事例でも都道府県によって判断が異なる場合もあります。また、国内で未承認の治療法しかない患者にとって臨床研究は最後の駆け込み寺になっており、その大部分は厳密に言えば混合診療になっているはずです。政府は現在、規制改革の一環として、混合診療を認める範囲の拡大を検討しています。もはや混合診療=悪と、ストレートに断言できる状況ではないのです。
 このような状況下で、国内にあまたある臨床研究の1つを混合診療でないかとあげつらうことに、どのような意義があるのでしょうか。例えば朝日新聞が、臨床研究に使える公的研究費を米国並みにしろといったキャンペーンを展開しつつ、混合診療問題を取り上げるなら理解できます。しかし、現状では、単発の記事を掲載しただけです。もしこの記事をきっかけに、厚労省が混合診療の判断基準を厳格化しろと全国に通知したら、朝日新聞は制度の適正化と見なすのでしょうか。そうなった場合、最も被害を受けるのは治療法がなくなる患者であることは明らかです。
 それにしても、この件について書くのは気が滅入ります。報道に関する争いが裁判所によって判断されるのは、同業者の私にとって気持ちのいいものでありません。報道には批判的視点が不可欠ですし、自由な報道を封じ込めるために司法が利用されることも珍しくありません。運良く裁判にまでなったことはありませんが、私が書いた記事にクレームがつくことはありますし、時には相手と怒鳴り合いになることもあります。結局のところ、最終的には読者がどのように捉えるかで、報道の正当性は決まるのではないでしょうか。
日経バイオテク副編集長 河野修己