やっと秋の気配を感じることができるようになりました。皆様、お元気でお過ごしでしょうか?
私は、至って元気にしております。特にこの7月は、私の周りでいくつかのイベントが相次ぎました。
7月3日(土)は年一度の理研横浜研究所一般公開で2600名を越す(内、こども872名)盛況でした。幼児から生徒・学生・社会人・年配の方そして研究者・有識者まで幅広い来場者に見学・実験・講演聴講・質問・討議など様々な形で、楽しんだり勉強したりして頂いて、嬉しい一日でした。
 7月15日(木)は、GSC七夕ミーティングと銘打って若手先端研究者を集めた会を初めて行いました。こちらは、GSC初代所長の和田昭允先生の提唱で、内外で活躍中の若手研究者を激励することを目的としており、推薦・自薦で応募された中から34名が招待されました。彼等の先端研究内容を囲んで、熱心な討議がされました。この会の趣旨・内容・スライド・集合写真などは、「理研七夕ミーティング」からアクセスできます。
 7月24日(土)には、「ゲノム設計コンテスト」の説明会が、横浜サイエンスフロンティア高校で行われました。このゲノコンは、生命情報基盤研究部門長豊田博士の提唱で始められたもので、膨大に集められている生命情報資源を基に有用生物資源を設計する技術と人材を磨いていこうとしています。今回は植物の機能向上を一つの具体的テーマとして提示し、9月までに設計してもらうことにしています。一般の部と高校生の部があります。
 今回の説明会の模様は、ユーチューブからアクセスできるようになります。
 今年は理研横浜研究所設立10周年に当たり、これから11月までに多くのイベントが続きます。サイエンスフロンティア3回、サイエンスカフェ4回、その他数回が計画されており、11月25日には記念講演会が開かれます。これらの内容は「理研横浜研究所10周年記念イベント」としてアクセスできます。
さて今回は、次の2つの分野の最近の動きをご紹介しましょう。
1.合成バイオロジー、 2.システムバイオロジー
1.合成バイオロジーの展開
 最近の合成バイオロジーのビッグニュースは、2010年5月20日のC.Venter グループの発表でしょう(Sciencexpress 20 May 2010)。人工的に化学合成したゲノムをある細菌に入れて自己増殖させることが出来たというもので、このニュースは、日本の各新聞でも大きく報道されましたので、ほとんどの方がご存知と思います。
 
 米国では、この翌日にはオバマ大統領が倫理委員会に「この技術の有用性と危険性」を検討して6ヶ月内に報告するように命じ、また6月には国会でC.Venter, G.Church ほか関係者を呼んで聴聞会が開かれました。更に7月には、2日間にわたって上記倫理委員会が開催されました。今秋の最終レポートが注目されます。
 実は、私の前回のレポートでは、昨年末までの「合成バイオロジー」の動きを詳しく述べてあります(理研「八尾レポート」参照)。その後の動きをいくつか述べましょう。
 
1)Nature Biotechnology誌が2009年12月号にSynthetic Biology の特集をしました。
 この内容については、私が「実験医学」2010年4月号に「合成バイオロジーの新たな展開と課題-ゲノムデザイン、システムバイオロジー、そして社会―」という題で解説を書きましたので、そちらをご覧下さい。この特集号は、この分野の研究者・関係者にとっては非常に重要な広範な内容(基礎・応用・特許・ビジネス・展望・社会的問題)を含んでいます。全部で15報ですが、是非本文を読まれることをお勧めいたします。
2)更に、Nature本誌が2010年1月21日号で、”Synthetic Systems Biology” の特集をしました。これには、最新研究論文6件と過去10年の主要論文13件が載っている以外に、合成バイオロジーの難しさ5項目を指摘しているのが注目されます。
3)これらを追いかけるように、Nucleic Acids Research誌が、2010年5月号で、Synthetic Biology の特集をし、24報の論文を載せています。(一部3月からオンライン)
以上のように、昨年までの動きと今年半年の動きを合わせ、上記のC.Venterグループの成果を見ると、いよいよ合成バイオロジーは新しい段階に入ったと言えそうです。その際、技術の開発だけでなく、社会的な問題への討議がますます重要になって来るでしょう。米国のように「有用性」と「危険性」との両面を見た冷静な議論が望まれます。
2.システムバイオロジーの進展
システムバイオロジーは、ますます活発な展開を見せています。
主なものを列挙してみます。
1)ドイツ肝臓細胞システムバイオロジープロジェクト(HepatoSys) の研究成果が発表されました。
 第3回哺乳類細胞のシステムバイオロジー学会が6月3日~5日にフライブルグで開かれ、その中でコンピュータシミュレーションを用いて「肝臓の再生機能」のメカニズム解明が進んだことが報告されました(Science Daily June 9,2010)。前回のこの会では、「肝臓の薬物代謝機能」のメカニズム解明の報告があり、その後も成果発表が続いています(Metabolic Engineering 11,292-309, Sep 2009, BMC Systems Biology 4.54- Apr 28,  2010) 。
このHepatoSys プロジェクト(第1期2004-2006,第2期2007-2010) は、これらの順調な成果を踏まえて、第3期に突入するようです。
 
2)がんシステムバイオロジーが大きく動いています。
 米国 NIH のがん研究所NCI は、米国内のがんシステムバイオロジーの推進に力を入れているだけでなく(すでに10センター設立)、国際的な動きを始めています。NCI が主導して、2008-2009年に欧州・日本に呼びかけて3回の「がんシステムバイオロジー」ワークショップを開きました。
   
 さらに、「がんのコンピュータモデル」コンソーシアム CViT を国際的に広めようとしています。これは、米国がんシステムバイオロジーセンター第1号のMGH (Massachusetts General Hospital) のセンター長 T.Deisboeck 教授が中心になって進めているものです。
(八尾レポート 2010年4月米国出張報告参照)
尚、最近のレビュー Wiley Interdisciplinary Reviews WIREs Systems Biology and Medicine の Nov.20, 2009 に、”In silico Models of Cancer” として、詳しい解説があります。
NCI は2010年6月に更に2つのがんシステムバイオロジーセンターを認可しました。
・Stanford 大は、計算と実験とのタイアップで数種のがんの分子ネットワークの構築を目的に$12.8M を得ました。
・Ohio State 大とIndiana大は、がん遺伝子とエピジェネティクスの関係の研究に$9.0Mの継続グラントを得ました。 
3)免疫システムバイオロジーの動きが出ています。
 米国NIAIDが、Program in Systems Immunology and Infectious Disease Modeling (PSIIM) を計算バイオロジーのグループと免疫研究グル-プが共同で始めています。
 またカナダのグループが、Trends in Immunology にシステムバイオロジーの解説を書いています。
J.Gardy et al; “Enabling a Systems Biology Approach to Immunology:
Focus on Innate Immunity” Trends in Immunology 30, 249-262 May 8, 2009
4)Leroy Hood率いるInstitute for Systems Biology は、世界の中で代表的なシステムバイオロジー研究所ですが、 今年10周年を迎え、研究所倍増計画を発表しました。現在の12教授から22教授に増やし、建物を約2倍にするとのことです。
 
5)ハーバード大学に2003年に世界で初めて出来た Department of Systems Biology の Marc Kirchner 学部長は、これまでの歩みを振り返ってその研究及び人材育成の成果に満足していると仰っていました。教授陣増員計画があり、また学内の他学部にシステムバイオロジーコースが出来始めているとのこと、更には全米に多くのシステムバイオロジー学科が出来、各所にセンターが出来たことを喜んでおられました。
(八尾レポート2010年4月出張報告参照)
 以上、海外の大きな動きを紹介しましたが、日本にも世界的に注目される色々な動がきあります。ここではあえて触れておりません。逆に私は海外ヘの説明はしております。
(八尾レポート参照) Systems Biology in Japan 2005
Systems and Synthetic Biology in Japan 2008
 日本が、独自の道で更に世界に貢献できることを念願しております。
 皆様お元気でご活躍ください。
                              2010. 7. 27
理化学研究所 (兼) 産総研、JST
東京医科歯科大、慶應義塾大
    八尾 徹
 
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川端大臣と若手研究者の意見交換会を傍聴してきました
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 こんにちは。第2、第4金曜日を担当する日経バイオテク副編集長の河野修己です。
 昨日は、川端達夫・科学技術政策担当大臣や津村啓介政務官、内閣府の科学技術政策担当者らと、東京大学の若手研究者との意見交換会を取材してきました。場所は東大の本郷キャンパス。会は13時半に開始され、川端大臣は30分ほどで退席してしまいましたが、津村政務官は15時の終了までいました。
 東大から出席したのは、09年に若手研究(S)(A)に採択され人たちです。ほとんどが20代後半から30代で、自分の研究室を持って間もないが、そろそろ研究室を立ち上げたいと考えている研究者のようでした。
 財政難の折、若手研究者はさまざまな不安を抱えているらしく、形式だけの意見交換会とはならず、かなり率直な意見が出ていたように感じました。日経バイオテクオンラインに記事を掲載していますが、記事では意見の一部しか取り上げていないため、取材メモからいくつかの意見を紹介します。
科学技術政策担当大臣と東大・若手研究者が意見交換、若手(S)廃止で研究人生への不安訴える声
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/3636/
・若手がアプライできる施策について言いたい。今年度は最先端次世代研究開発支援プログラムがあるが、代わりに若手(S)が中止になってしまっている。この施策は、大きなプロジェクトを担う前の若手が挑戦するいいターゲットだった。また、競争的資金の使い勝手の悪さには苦労させられている。繰り越しはあるていど容易になったが、もっと自由度を高めてほしい。基金にしてもらえると使いやすいのだが。
・教授の定年が伸びているのに定数が増えていないので、我々若手も行き止まりになっている。そのためポスドクも就職できなくなっている。大学が独自に定員を決められるようにしてほしい。
・若手から見ると、公的研究費が大御所の研究者のところで消えてなくなっているように見える。末端でひいひい言っているところには金がまわってこない。東大はまだ恵まれているが、共同研究などで地方大学に行くとほんとうに疲弊していると感じる。
・私は米国で博士号を取り、ポスドクも米国で過ごした。米国の学生・若手研究者と日本のそれを比較すると、日本の方がモチベーションは明らかに低い。それは、若手研究者が仕事を面白いと思いながらやっていないからではないか。
・医学部から基礎研究に進む人が激減している。以前は100人の卒業生のうち10人程度は基礎分野に行っていたが、今はほぼ全員が臨床分野に進んでいる。こうした傾向の影響か、日本の大学病院から生まれる論文は先進国の中で最低レベルになってしまった。
 なんだが聞いていると、日本の学術界の将来が暗澹たるものに思えてきます。川端大臣は、「役所の人事や予算に関する仕組みやルールを、大学や研究機関に持ちこんでしまっているのが問題の根源ではないか」と言っていましたが、この手の話はことあるごとに改善の声は挙がるものの、結局ほとんど変わらないまま放置されてきました。現政権が政治主導を掲げるのなら、実のある改革を見せてほしいものです。
日経バイオテク副編集長 河野修己