こんにちは。第2、第4金曜日を担当する日経バイオテク副編集長の河野修己です。
 先週後半から米がん研究学会(American Association for Cancer Research)の年次集会を取材するため、ワシントンD.C.に滞在しています。今は現地時間、水曜日の午後3時。5日間に渡った学会が先ほどようやく終了したところです。明日早朝のフライトに備えて一眠りしたいところですが、搭乗前にこの原稿を送っておく必要があります。コンベンションセンターから繁華街デュポンサークルのスターバックスに移動し、コンピューターに向かっています。「Iced Cafe Latte, Please」「Ha? ,Iced Coffee?」。アメリカのスタバにはアイスカフェラテが無いことを初めて知りました。
 今回のD.C.出張で楽しみにしていたことが1つありました。ポトマック川の桜です。D.C.は仙台とほぼ同じ緯度なので、ちょうどいい季節ではないかと期待していました。往路の飛行機は、D.C.に隣接するロナルド・レーガン空港に到着しました。空港の西側からアプローチする飛行機は、政治家・行政官の修行の場として有名なジョージタウン大学上空を通過し、その後、南に進路を変え右にケネディ大統領が眠るアーリントン墓地、左にポトマック川を見ながら高度を下げます。私は左側に座っていたので桜並木を真下に眺めていたのですが、ピンク色が全くありません。空港に着いてから合点がいきました。気温が25度を超えるほどの暑さだったのです。タクシーの運転手に聞くと、あまりの暑さに桜はあっという間に散ってしまったそうです。
 さて、肝心のAACRです。アイスランドの火山噴火の影響で欧州から多くの研究者が参加できず、ポスター掲示が虫食い状態になったり、電話でプレゼンテーションしなければならなくなったりというハプニングはありましたが、今年もがんの基礎研究の最新の成果が集まっていました。日本の学会だとプレナリーセッションに選ばれる様な内容が、ポスターセッションとしてさらっと発表されているのですから、見て回る方も気が抜けません。大ざっぱな印象ですが、5分の1から4分の1の発表は、がん遺伝子に関連する研究成果のようでした。
 中でも多くの参加者が聞き入っていたのが、ジョンズホプキンス大学のBert Vogelstein氏の発表です。大腸がんや乳がん、肺がんなど患者数の多いがん種を対象に、がん細胞のDNAシーケンシングの結果を複数まとめて、分析したものです。
AACR2010、がんで変異している主要な遺伝子は発見済み、
Johns Hopkins Universityの研究者が見解
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/0371/
Vogelstein氏は、「シーケンシングの結果、がんで変異している遺伝子が大量に見つかったが、ほとんどはpassengersで、driversはごく一部だった」と指摘しました。passengersとはがんの結果として付随的に変異している遺伝子という意味で、がんの発生、増殖、転移を主導しているdrivers遺伝子こそ重要だということです。この発表でVogelstein氏が言いたかったのは、「これまでに見つかったdrivers遺伝子はすべて12のパスウエイに分類できる。今後もdrivers遺伝子が発見されることはあるだろうが、この12のパスウエイからはずれたものはもうないだろう。だから、シーケンシングに労力を割くよりも、これまでに見つかった遺伝子変異の意味の解釈や治療法開発への応用に力を入れるべき段階に来ている」という点でした。
 一方で、Broad InstituteのTodd Golub氏の発表は、ニュアンスが異なっていました。Golub氏らの研究チームは、多発性骨髄腫細胞の全ゲノムシーケンシングを実施しました。その結果、統計的な有意な頻度で変異している12の遺伝子が見つかったのですが、研究チームはこの12遺伝子以外の遺伝子の変異も検証し、変異の頻度が小さくても重大な影響を与える場合があると結論づけています。この言が正しければ、可能な限り多くのゲノムを解読するという戦術に理があることになります。
AACR2010、多発性骨髄腫細胞の全ゲノムシーケンス、変異している12種類の遺伝子を特定
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/0414/
 シーケンシングのコストがかなりのスピードで低下(高速シーケンサーを購入した中国企業がとんでもない値段で受託してくれるそうです)しているので、がん細胞のゲノム解読研究がさらに加速するのは必然に見えます。ただし、今後も次々と見つかるであろうがん遺伝子をどう取り扱い、どこまで研究資源を投入するべきなのか。がん研究における大きな検討課題となりそうです。
日経バイオテク副編集長 河野修己