製薬企業やバイオベンチャーの方々とさまざまな議論をしているとある会で、バイオ産業のこの10年を振り返れというお題をいただきました。私がジャーナリストとしてバイオ分野の取材を積極的に開始したのが2001年の秋で、今年でちょうど10年になります。それまでは日経ビジネスの編集部に所属し、製造業全般を担当する中で、医薬品やバイオ関連の企業の取材も行っていたので、バイオのことをまったく知らなかったわけではありませんが、本格的に取材するようになったのはこの10年ぐらいのことです。
 10年前、バイオ企業などに取材を始めたときに感じたのは、大学の研究者にしても、企業の研究開発にかかわっている人にしても、非常に才能豊かな方がたくさん居られるということです。一方で、にもかかわらず、ビジネスとして成功している会社はどうしてこんなに少ないのかという疑問を抱きました。バイオ分野は知識や才能のブラックホールなのではないかとさえ、思ったぐらいです。
 その後の10年間が経過して現状をどう捉えるかというと、ブラックホールにひびが入って光が外にこぼれ始めたような印象を持っています(映画「マトリックス」のシリーズにそんなシーンがあったように記憶します)。少なくとも、幾つかの分野では既に事業化の成功例が出てきています。ベンチャー企業は依然、資金調達に苦労されているところも多いようですが、製薬企業などとのアライアンスの事例も増え、全体で見れば1つのマイルストーン(一里塚)を乗り越えつつあるといった状況ではないでしょうか。
 問題は、ここに来るまでにどうしてこれだけ時間がかかってしまったのかということと、今後成長のスピードを上げるためには何をしなければならないのかということだと思います。つまり、バイオ産業が抱える現状の課題と、今後のためになすべきことを整理する必要があります。これから私なりの考えをまとめていこうと考えていますが、皆さんにもアイデアがあれば、文末の投稿フォームからぜひご意見をお寄せください。
 ちなみに、課題の1つに挙げられることかもしれませんが、先日、製薬企業やベンチャーキャピタルの方と話をしたときに、大学の特許の話題が出ていました。皆さん言われていたのは、大学が出願した特許がほとんど役に立たないどころか、「先に出願してある特許が邪魔になって、必要な特許を出願できない」「国内だけでしか出願していないため、公開後に海外で事業化できなくなる」といった問題が生じているということです。このため、「特許を出願する前に、事業化の相談をしてほしい」(製薬企業)、「一緒に事業化を考えているところには、特許出願しないように求めている」(ベンチャーキャピタル)といった声も出ていました。
 興味深い論文があります。芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科の田中秀穂教授が08年に発表した「国立大学法人から出願される医薬関連特許の排他性に関する研究」(研究 技術 計画vol23,No3,2008)というものです。この中では、「国立大学法人の特許出願件数が03年度の1344件から06年度には7003件へと大きく増加している」一方で、「特許からのライセンス収入は微増」にとどまり、「収支のバランスを取るまでには至っていない」と指摘しています。その背景にあるのが特許の中身の問題で、「国立大学の特許は製薬企業に比べて、物質特許よりも用途特許が多い」「物質特許(合成)の出願の実施例中に合成データが示されている化合物の数は、平均値で製薬企業の20分の1以下と圧倒的に少ない」「特許明細書のページ数も顕著に少ない」などの分析がなされています。こうしたことから田中教授は「国立大学から出願される医薬関連特許の排他性が低い」と指摘。「企業が実施許諾を受けるだけの価値を見いだしにくいことが示唆された」としています。大学では臨床研究の中から医薬品の新しい用途を見つけたりする例が多いでしょうから、用途特許の方が多くなるのは理解できますが、実施例で示されている化合物数が少ないというのは、発明の防御が意識されていないことを表しているといえそうです。
 産学連携の強化が図られた結果、大学の研究者の間にもようやく「論文を書くよりも前に特許を出願する」という意識が浸透しつつあるようです。しかし、中途半端な特許出願によって発明が公知となり、事業化の障害になることを認識しなければなりません。
 特許出願件数で研究者を評価するシステムにも問題があるのでしょう。また、特許出願経験の乏しい大学関係者が、見よう見まねで特許出願をしているところにも問題があるのかもしれません。田中教授の論文では、特許出願した代理人に関する解析も行い、国立大学の出願を担当した代理人には出願経験が少なかったことから、「国立大学は代理人の選定に一部課題がある可能性が示唆された」とも指摘しています。
 10年と少し前に始まった大学の知的財産の活用による産業競争力強化の取り組みも、10年を経てまだまだ課題が山積しているというのが現状です。資金、人材、規制と、至るところにまだまだ課題はありますが、1つひとつ課題をクリアできるよう、皆さんと議論をしていければと考えています。
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ノーベル賞と事業仕分けの意外な関係
「BTJジャーナル」2010年3月号に掲載
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 「BTJジャーナル」2010年3月号を先週末に発行・公開しました。
 今号の“赤”コーナー「キャリア」は、ノーベル賞と事業仕分け。リボソームの結晶構造解析で2009年ノーベル化学賞を受賞したイスラエルのYonath博士が日本で相次ぎ講演しました。
 Yonath博士の研究に対する日本の大型放射光施設の貢献は大きく、「ある意味、日本の施設が育てたノーベル化学賞」という見方もできます。
 09年11月の事業仕分けをきっかけに、大型放射光施設と関連するアカデミアは、国民や納税者への告知強化に務めています。
 BTJジャーナルは、バイオ研究者のスキルアップやキャリアアップに役立てていただきたい月刊のPDFマガジンです。
 ノーベル賞と事業仕分けの記事は、2010年3月号P.9~11掲載の記事をご覧ください。
BTJジャーナル2010年3月号のダウンロードはこちらから
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※BTJ/日経バイオテク・オンラインのハンガリー現地リポート関連記事
「事業仕分け対策にブルーバックスを刊行」と、ノーベル化学賞記念シンポジウムで尾嶋正治・日本放射光学会会長/東大教授
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/9343/
「ある意味、日本の施設が育てたノーベル化学賞」、リボソーム構造解析のYonath 教授が日本で相次ぎ講演
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/9399/
09年ノーベル化学賞のYonath教授に特別栄誉教授の称号、3月9日に高エネルギー加速器研究機構が授与
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/9404/
09年ノーベル化学賞のRamakrishnan博士が第10回日本蛋白質科学会年会で講演、6月に札幌で開催
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/9450/
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 ぜひお楽しみください。
                          BTJ編集長 河田孝雄
※2010年3月号(第51号)のコンテンツを目次で紹介します。
●CONTENTS
最先端研究開発支援プログラム
ハンガリー現地リポート
ノーベル賞と事業仕分け
P.2 アカデミア・トピックス
最先端支援プログラムの
配分額は16億~50億円
P.5 リポート
ハンガリーのバイオ
投資呼び込みに人脈生かす
P.9 キャリア
2009年ノーベル化学賞と
大型放射光施設の事業仕分け
P.12 BTJアカデミック・ランキング
FIRSTプログラムが閲読トップ
P.13 専門情報サイト「FoodScience」
スコアNo.1の記事の意味