こんにちは。水曜日を担当する橋本宗明です。
 先般、癌研有明病院病理部の竹内賢吾医師に取材する機会がありました。キナーゼの異常による発がんに関心を持ち、固形がんの病理標本の中からキナーゼに異常がある組織をひたすら探しているという話に興味を感じ、どのような研究をされているかを聞きに行ってきました。
 キナーゼはたんぱく質などをリン酸化する酵素ですが、その異常によって、例えば恒常的に活性化した結果、リン酸化のシグナルが入りっぱなしになって細胞の異常増殖を促し、がんを誘発します。ABLというチロシンキナーゼの遺伝子が転座してBCR遺伝子と融合したたんぱく質が発現され、リン酸化シグナルを出しっ放しになって慢性骨髄性白血病を引き起こしていることは以前から知られていました(BCR-ABLは抗がん剤グリベックの標的の1つです)。キナーゼの異常は幾つかの血液がんの異常を引き起こしていると見られていましたが、07年に自治医科大学の間野博行教授らはALKというチロシンキナーゼの異常が、固形がんである非小細胞肺がんを引き起こしていることを突き止めました。2番染色体が途中で切れて逆向きにつながった結果、EML4遺伝子とALK遺伝子が結合したEML4-ALK遺伝子ができ、それが発現した結果、非小細胞肺がんを発症していたのです。
 竹内医師が独自に開発したEML4-ALKの診断法によると、非小細胞肺がんの中でEML4-ALKが発現しているのは4%程度と、そう多いわけではなさそうです。しかし、EML4-ALKのたんぱく質が発現している患者にとってはALK阻害薬が有効である可能性が期待されます。竹内医師は、この例のように固形がんの中にはキナーゼの異常が原因となっているものがたくさんあると考えて、病理組織標本の中からキナーゼ遺伝子に異常があるものを探索するという研究を行っています。
 その手法は、「まだ公表したくない」ということでしたので、ここで詳細は紹介しませんが、DNAマイクロアレイなどによる解析に比べてスループットは高くないものの、ノウハウやスキルで勝負しているといった感じです。それによって竹内医師は、既に固形がんと関係のある、異常を持ったキナーゼ遺伝子を9つ同定したということです(遺伝子名などはまだ明かしてもらえませんでしたが)。これは分子標的薬の開発に弾みを付ける可能性があります。製薬企業はこれまでにさまざまなキナーゼ阻害薬を検討しているので、その中から竹内医師が同定したキナーゼに作用するものがあれば、診断方法と治療法がセットで開発できることになります。その場合、1つひとつのキナーゼ阻害薬の対象になるのは肺がんの一部だったり、乳がんの一部だったりするのかもしれませんが、診断方法と治療薬をセットで開発することで、少しずつでもがんを克服する道が開けていく可能性があります。竹内医師の研究が個の医療の進展にどう結びつくかが期待されます。
 少し話は変わりますが、先週、医薬品開発支援機構(APDD)と日本核医学会が共同で開催したシンポジウムの取材に行ってきました。陽電子放射断層撮影法(PET)や単一光子放射断層撮影(SPECT)といった装置を利用した分子イメージング研究を、臨床にどう応用していくかに関するシンポジウムです。詳細は日経バイオテク・オンラインで記事にしたのでお読みください。
日本核医学会など、放射性イメージング薬ガイダンスを提案、分子イメージング研究の出口の課題解消を求める
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/9071/
 議論の中で興味深かったのは、分子イメージングの研究成果である放射性イメージング薬を、医薬品開発の中でどのように利用していくかという点です。分子標的薬を開発する際、ターゲットになるたんぱく質分子に結合する分子イメージング薬を開発すれば、実際にその標的を発現している患者だけを対象に治験を行ったり、候補化合物が実際に標的に結合するかどうかを体外からモニタリングしながら治験を行ったりできます。だから放射性イメージング薬があれば、医薬品の開発が加速するはずなのですが、逆に医薬品や診断薬として承認されていない分子イメージング薬を被験者に投与する際のガイドラインなどが存在しないため、製薬企業はこうした放射性イメージング薬を治験の中で利用しようとせず、分子イメージング研究が研究から臨床応用へと踏み出せない状況にあります。そうした状況を打破するために放射性イメージング薬のガイダンスを作成しようというのが、シンポジウムのテーマでした。
 シンポジウムに参加した医薬品医療機器総合機構など、規制側の方のコメントを聞くと、研究者と規制側の認識の間には、まだ大きな隔たりがあると痛感させられました。ただ、前出の竹内医師の話でも分かるように、疾患に密接にかかわりのある標的分子が幾つも見つかり始めており、治療薬と診断方法のセットでの開発が不可欠な時代になりつつあります。一方で、放射性イメージング薬に限りませんが、バイオマーカーは医薬品開発コストを引き下げる強力な武器になると見られています。そうした観点からも、バイオマーカー検出の有力なツールである放射性イメージング薬を医薬品開発の中でどう活用していくかについて、関係者が議論していくことは、鳩山政権が掲げるライフイノベーションにとっても重要だと思いました。
 本日はこのあたりで失礼します。
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文部科学省分の事業仕分けに15万人が意見
そのうち理研関連は、
植物科学研究が約1400件、
バイオリソース事業が約1300件、
大型放射光施設(SPring-8)が約1300件、
スーパーコンピューティングが約2200件
行政刷新会議の「事業仕分け」と、2010年度政府予算案を
創刊4周年「BTJジャーナル」2010年1月号で特集
「BTJジャーナル」のダウンロードはこちらから
→ http://biotech.nikkeibp.co.jp/btjjn/
アカデミア向けのスペシャルサービス「BTJアカデミック」はこちらから
→ http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp
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 バイオ研究者のスキルアップやキャリアアップに役立てていただきたい月刊のPDFマガジン「BTJジャーナル」2010年1月号を先月末に発行・公開しました。
BTJジャーナル2010年1月号のダウンロードはこちらから
→ http://biotech.nikkeibp.co.jp/btjjn/index.html#btjj1001
 今号では、2010年度政府予算案の内容を、文部科学省の案件を中心に特集しました。文科省は、09年11月に行政刷新会議のワーキンググループが行った「2010年度予算の事業仕分け」の結果について、国民の意見を広く募集し、15万人もの意見を集めました。この取り組みが、2010年度政府予算案に好ましい影響を与えたようです。
 BTJジャーナル2010年1月号の特集記事をご覧ください。巻頭のアカデミア・トピックスで4ページにわたり掲載しています。
 BTJジャーナルの誌面は、次のサイトでPDFファイルをダウンロードすると、全文をご覧いただけます。
→ http://biotech.nikkeibp.co.jp/btjjn/
 ぜひお楽しみください。
                          BTJ編集長 河田孝雄
※2010年1月号(第49号)のコンテンツを目次で紹介します。
P.2 アカデミア・トピックス
事業仕分けと政府予算案
文科省の対応と実績
P.6 リポート
ムギネ酸類の研究で
貧血症を予防するコメ
P.8 キャリア
上原賞と安藤百福賞
P.14 コミュニティ
新年賀詞交歓会
P.16 BTJアカデミック・ランキング
年間アクセスTop50を発表
P.18 専門情報サイト「FoodScience」
逆転の発想を生かせ
P.26 広告索引