毎週金曜日のバイオテクノロジー(BTJ)メールで編集部原稿を担当しておりますBTJ編集長の河田孝雄です。
 今週は、書きたい記事案件が多すぎて、記事とりまとめがまったく追いついていません。ただいま編集作業中の「日経バイオ年鑑2010」の取材を最優先にしていますので、今週も先週と同じく、取材はほとんどが食品関連でした。
 アレルゲン表示の関連とか、いろいろ書きたいことがあるのですが、やはり花王「エコナ」問題がとっても気になっています。今週水曜日(10月14日)に取材した食品開発展では、「グリシドール脂肪酸エステルの分析はできますか、しましたか」が、お決まりの質問となりました。
 今回の一連の事件は、消費者庁ができて、政権が変わって、新しく着任された方々が、「旧体制ではこれまで実現できなかったことをやってみせる」ということを示すための材料として、いわば「人気とり」に、利用されたという見方が、食品の専門家の中では主流のようです。
 連休明けの10月13日(火)は、午前中に消費者庁委員会を、昨日10月15日(木)午後は食品安全委員会を傍聴しました。
 それで、先週の木曜日(10月8日)に立て続けに起こった鳩山総理の諮問と諮問取り下げの経緯がようやく、分かりました。
 8日は早朝に東京を出て函館に向かい、食品衛生学会を取材していましたが、午後になって、花王の発表や、消費者庁委員会の発表などが相次いで発表され、シンポジウムで、消費者委員会の委員の講演を聞きながら、記事をまとめるという事態になりました。
 講演者の日和佐さん(雪印メグミルク社外取締役)は、10月7日の夕方に、消費者委員会の委員として、エコナを議論していた当人ですが、翌10月8日に、消費者庁がエコナを、トクホとして再審査べきとの報告書をとりまとめ、その後、バタバタと花王のトクホでまさに何が起こったのかを、ようやく知ることができました。
■10月8日14時すぎに消費者庁が福島瑞穂大臣に報告
■15時前後に鳩山由紀夫総理が食品安全委員会と消費者委員会に諮問
■15時15分ごろに花王が、トクホ失効届を提出するというニュースリリース発表
■17時すぎに菅直人総理臨時代理が食品安全委員会と消費者委員会に諮問の取り下げを連絡(受け付けは09年10月9日)
 ということのようです。
 最初の福島大臣への報告というのは、「食品SOS対応プロジェクト―エコナを例にして―」の報告です。「再審査を行うべき」「食品安全委員会および消費者委員会の意見を聴いてトクホ表示の許可を取り消すかどうかなどを判断すべき」という内容です。 しかし、このプロジェクトの報告内容について、その前日夕方に2時間ほど議論した消費者委員会の委員の方々も、必ずしも予見できていなかったようです。
 このプロジェクトのリーダーは、泉健太大臣政務官です。10月15日の食品安全委員会では、「食はいのちの源。客観的かつ中立・公正に。ご助言・ご指導をいただきたい」などと挨拶しました。
 さて、この09年10月8日は、「トクホ制度が死んだ日」と、後に歴史的に評価されるのでは、と私は考えています。そうならないことを願ってはいますが。
 花王「エコナ」の一連の議論は、食品安全委員会の合同部会で長らく議論され、あわせて、09年9月1日に発足した消費者委員会でも議論されていますが、この間、ずっと公開なのです。
 「メーカーからすると、失効届を提出したのは、ある種の経営判断。当然のように公開でやっていて、審査が続いていて、メーカーとしては耐え難い」と、消費者委員会で委員の1人(法学部教授)は話していました。
 新規のトクホ案件や、トクホ再審査の案件については、議論そのものは、非公開で行うことは決まっています。10月13日の消費者委員会で、委員である池田弘一・アサヒビール代表取締役会長兼CEO池田アサヒビール会長兼CEOからの質問に答える形で、消費者庁の相本浩志・食品表示課長が決定事項として発言しました。
 しかし、どのようなトクホが新規や再審査で審議の対象になるかは、公表になることも、食品安全委員会におけるこれまでの実績と同じ運用になります。
 「トクホ制度が死んだ」と思うのは、
1)新たに健康効果を証明した成分を含むトクホが果たして、
今後本当に登場しうるのか。
2)再審査が必要なトクホは実はたくさんあるのでは。
という2点を考慮してです。
 新たなトクホが大変というのは、後に触れるとして、
 再審査は「新たな科学的知見が得られた場合」に行うとのことですが、トクホ制度は91年に制度化され、10年以上のキャリアを持つトクホ商品もあります。
 この10年でどれだけ劇的に分析などの技術が発展したでしょうか。DNAシーケンサーが最たるもので、例えば、腸内細菌の解析はメタゲノムの時代を迎えています。
 初期からトクホの中核となっているのは、整腸効果を発揮するプロバイオティクスのヨーグルト類ですが、簡易な嫌気培養法で腸内細菌を解析したデータが、トクホのエビデンスデータになっているものは、たくさんあります。
 糞便中からプロバイオティクス菌をPCRで検出するという技術が持ち込まれたのは途中からです。
【そもそも、ヒト試験の設計そのもののエビデンスレベルが低すぎるというのは、ほとんどの初期のトクホが該当するのですが、これは別にして】
 善玉菌、悪玉菌の理論を元にした大勢の整腸トクホは、現在の最新の科学的知見では、どのように評価すべきでしょうか。
 欧州では、日本の整腸トクホは、エビデンスレベルが低いと批判があります。その欧州の大手メーカーのヨーグルトは、米国ではクラスアクションの訴訟で3500万ドルを基金に拠出することで和解しました。
 ちなみにこのヨーグルトは、日本ではトクホの表示許可はとらずに、整腸作用を消費者に伝える努力をTVコマーシャルや製品パッケージの表示などで続けています。
 効果の検証の面、安全性の検証の面のいずれでも、最新の科学的根拠に基づいて判断、というのは、たいへんなことであります。
 何が言いたいかというと、いつ再審査の対象となるリスクを抱えたまま、整腸のようなトクホ表示をする意味が、マーケティング戦略上どれだけ魅力があるのか、疑問ということです。
 ここで、「トクホが死んだ」という1つめの理由に戻ります。
 新たに開発した食品について、トクホ表示許可を取得するためには、食品委員会におけるリスク管理の議論に加え、消費者庁が設置を決めた新開発食品調査部会も通さねばなりません。
 食品委員会では、遺伝子組み換え技術を駆使して高感度な実験動物を作出するとともに、海外では誰も行っていないような新たな投与法を開発して、より高感度の毒性検出技術の開発を競っています。
 実のところ、私達がひごろ食べている食品を調べてみると、ほとんど食べるものがない、という状況になるのは必至です。
 一方、消費者委員会では、ひごろ食べている食品がかなりのリスクを内包していることを知りたくない方々も、議論します。
 もっとも、不安を感じて食べるのはいやだ、というのは当然の気持ちです。食事は楽しく食べるのと、たとえば1人で食べるのでは、同じものを食べても、栄養や健康の効果が異なるということはかなり分かってきました。不安を感じながら、というのは避けたいものです。
 現在の仕組みでは、トクホ申請をしなければ、いわば「変ないいがかり」をつけられなくてよいのだから、トクホ制度は、忌避されるだろうというのが、私の予想です。
 米国のFDAのGRASのように、GMOであっても、新開発食品であっても、食品添加物であっても、同じ枠組みで安全性を審議・リスト化する仕組みがあれば別ですが。
 これまでも何度もメール原稿にも書いていますが、食品の安全性評価は、方法がまったく確立されていません。改めて強調させていただきます。
 食品添加物のように、ごく微量使う場合には、動物実験の結果をもとにヒトに外挿
して、といったやり方があるのですが、たとえば、穀物や野菜、果物のように丸ごと
食べ物の場合には、方法論がないのです。
 そもそも、グリシドールで問題となっているような「遺伝毒性発がん物質」は、閾値が存在しないので、上記の動物実験の結果を外挿するという方法論も使えません。
 そこで、実質安全量(VSD:virtually safe dose)という新たな評価手法が登場していて、期待していいのでは、と思います。
 食品安全委員会添加物専門調査会が09年9月とりまとめた「添加物に係る食品健康影響評価に関するガイドライン(案)」によると、
・VSDは、遺伝毒性発がん物質には閾値が存在しないという立場から出発した評価手法であり、個人が食品中の最大許容残留量を生涯にわたり摂取している場合のリスクレベル(10万分の1あるいは100万分の1というような低い確率)でがんを発生させる用量
 とのことです。具体的にどういう評価手法なのかは、勉強中です。
 ここで、グリシドール問題で有名になったともいえるIARC(国際がん研究機関)によるは発がん分類のことも、フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」をチェックしたものを記録しておきます。
■IARCによる人に対する発がん分類
グループ1:発がん性がある
グループ2A:おそらく発がん性がある
グループ2B:発がん性があるかもしれない
グループ3:発がん性を分類できない
グループ4:おそらく発がん性はない
グリシドールは、「2A」。
グリシドール脂肪酸エステルのうち、オレイン酸グリシジル (Glycidyl oleate) とステアリン酸グリシジル (Glycidyl stearate)は、「3」のようです。
数年前に話題になった、アクリルアミドは「2A」。現在でも、ポテトチップなどのアクリルアミド含有量を減らすための研究の成果は、学会で発表されています。
アルコール飲料は「1」。
人に対して発がん性があるからと、アルコール飲料が販売禁止になる。すると、困るというかとても残念に思う方も多いのでは。
アルコールは嗜好飲料といいますが、嗜好の場合の安全性の担保はどこまで、とか、嗜好かどうかの区分はどうすべきか、などいろいろ議論の種は尽きないようにも思います。
 それはともかくとして、現在のトクホ制度が「世界に誇れる」といえるとはとても思えないのですが、黎明期から25年間、一貫してこの分野を取材している身からすると、ちょっと残念でもあります。
 私事になりますが、記者になった84年に、トクホ制度発足のきっかけとなった最初の組織的な研究である文部省の機能性食品プロジェクトが始まりました。
 91年にトクホ制度として制度化されたことは、多分、世界をリードした研究と施策だったと思います。
 何しろ、日本は、世界の最長寿国という、エンドポイントの最高のエビデンスがあるわけですから、日本で食べられている食べ物は、長寿に寄与しうる機能性食品の宝庫、“打ち出の小槌”なのです。
 さて、消費者委員会での議論を傍聴した限りでは、トクホの根拠となっている健康増進法は「法の密度が低い」ので、今回のような措置について仮に裁判になると、国が負けかねないということもあるようです。
「今回は花王という大企業なので、いろんなことが分かっているが、トクホ制度を利用している企業は、小規模の企業が多いと聞いている。予定調和的な行動を取るとは限らない。開き直って制度のすきを突いてくるかもしれない。行政はこのような対応が不得手。金融もそうだが、事件が悪質化しないと、行政は対応できない」と、委員の1人は発言していました。
 私たち報道関係者の社会的責務の1つは、歴史をきちんと記録しておくことと考えております。ともかくも、記事はたくさんまとめていますが、追いつきません。
 10月15日午後の食品安全委員会の議論も、記事にしたいポイントが2つあるのですが、まだまとめてません。
 実はその後、18時過ぎから都内で行われた明治乳業のブルガリア乳酸菌のマスコミセミナーの方を、優先して記事にしました。
 賛同いただける方も多いと思いますが、やはり前向きの内容を記事をまとめる方が、後ろ向きの議論に比べると、楽しいのです。
※明治乳業のBTJ記事
明治乳業がブルガリア・ヨーグルトの菌体外多糖体の基本構造を解明、山形と佐賀で確認した免疫改善の成果をもとに、年内に新製品を投入
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/6084/
※花王「エコナ」関連のBTJ記事
食品安全委員会が「高濃度にDAGを含む食用油等の関連情報」を更新、「速やかな評価を続ける」
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/6027/
“歴史的な”2009年10月8日午後のエコナ問題顛末、消費者庁が消費者委員会(第3回)で説明
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/6015/
「(エコナ問題では)政治的に利用されているという気もする」「権力者に対する独立性が大切」、消費者委員会第3回で委員の櫻井学習院大学教授が注目発言
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/6013/
「こういう態度はおかしいのでは」「トクホ制度は、事業者と消費者がウインウインの関係になることを切に望む」とアサヒビール池田会長兼CEOが消費者委員会で冒頭に発言
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/6011/
続報、消費者委員会委員の日和佐・雪印メグミルク取締役、食品衛生学会のシンポジウムで「花王エコナ問題」にも言及
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/5980/
「エコナは早急に再審査を」と消費者庁の「食品SOS対応プロジェクト」が報告とりまとめも、花王の失効届提出で不要に
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/5939/
続報、花王、従来のエコナ関連製品のトクホ許可失効届を提出、トクホに期限復活の機運高まる
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/5935/
続報、9月発足の消費者委員会が初の部会として「新開発食品調査部会」の設置を決定、連休明け第3回の議題は「エコナ関連製品への対応等」
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/5915/
■上記のBTJ記事は全文を、リンク記事も含め全部ご覧いただくには「日経バイオテクオンライン」への申し込みが必要です。申し込みはこちらから。
http://bio.nikkeibp.co.jp/bio/
 メール原稿の締め切り時間になりました。最後に、先月末に発行・公開した「BTJジャーナル」09年9月号の内容を紹介します。
「BTJジャーナル」09年9月号のダウンロードはこちらから
→ http://biotech.nikkeibp.co.jp/btjjn/index.html#btjj0909
 こちらの記事は全文を無料でご覧いただけます。
                         BTJ編集長 河田孝雄
※09年9月号(第45号)の目次
P.2 アカデミア・トピックス
90億円×30人の最先端プロ
選定過程などに意見相次ぐ
P.11 リポート
日本脂質栄養学会第18回大会
日本油化学会第48回年会
P.13 キャリア
JSTさきがけ新規採択が決定
初の「大挑戦型」は11件
P.14 BTJアカデミック・ランキング
2700億円プロと新政権がTop10をほぼ独占
P.15 専門情報サイト「FoodScience」
最新トピックス
P.16 バックナンバー目次