先週の土日、日本ワクチン学会学術集会の取材で熊本に行ってきました。熊本での開催にもかかわらず、参加者は昨年の横浜での開催を上回ったということで、ワクチンに関する世の中の関心が高まっていることを再確認しました。
 また、過去の経緯もあって、この学会はメディアに対して少し閉鎖的な印象があったのですが、今年はプレス受付も用意していただき、少しずつ開かれた学会になってきているという印象を受けました。また、研究発表の内容を聞いていると、基礎的な研究は年々進展があることを実感できます。
 ただし、日本のワクチンを巡る状況がよくなっているかというとそうではありません。品物を見れば、第一三共サノフィ・パスツールが承認を取得したインフルエンザ菌(Hib)ワクチン「アクトヒブ」がいよいよ12月19日に発売されます。ワイスの肺炎球菌ワクチン「プレベナー」や、グラクソ・スミスクラインの子宮頸がん予防ワクチン「セルバリックス」、万有製薬の子宮頸がんワクチン「ガーダシル」などが承認申請されており、今後、輸入ワクチンが増えていくのは確かです。ですが、これらは任意接種となるため、接種を受ける人が全額自己負担しなければなりません。定期接種にするのは難しくとも、健康保険を適用すべきだ、といった声も聞かれます。ただ、そうした議論はいったい、誰がどこですることになることなのでしょうか。議論の場がどこにあるのか、誰にどう訴えれば議論が始まるのかがよく分かりません。
 「日本の予防接種行政には戦略がない」「リーダーシップがない」というのはかねて指摘されてきたことですが、一向に変化の兆しは見えません。ワクチン学会の学術集会では何年も前から、米国の予防接種行政の司令塔となっているACIPを模した「日本版ACIP」を作るべきだということが議論されており、厚労省の課長や補佐も参加しているのですが、なんら手が打たれる様子はなく、気がつくと人事異動で担当者だけが変わっていきます。
 厚労省の健康局に「予防接種に関する検討会」という諮問機関があります。専門家などが議論するこうした組織が日本版ACIPのような意思決定の役割を担ってもいいはずですが、現実には不定期にしか開催されず、特定のテーマを議論するだけに終始しています。これに対して国立感染症研究所の岡部信彦感染症情報センター長はワクチン学会のシンポジウムで、「日本版ACIPは、健康局の諮問機関ではなく、厚生科学審議会の分科会として設置し、年3回などの定期開催とする。また、2年分ぐらいの日程をあらかじめ決め、1回2時間とかではなくて、1日かけて議論するようにしてはどうか。行政も、健康局の結核感染症課だけでなく、医薬食品局の血液対策課や、医薬品医療機器総合機構が参加し、委員は公募で決めてもいいのでは」と提案していました。非常にもっともな意見です。
 ただ、その一方で、岡部センター長や私が参加している、血液対策課が事務局の「ワクチン産業ビジョン推進委員会」も、当初は年3回の定期開催をうたって07年に発足したのに、今年は1度開催されたのみです(年末か年明けに2回目を開催するという連絡がありましたが)。行政の諮問機関という形では、事務局を努める行政側の意向に左右されがちです。
 問題の根本が、圧倒的なリソース不足にあることは明白です。ワクチン学会のシンポジウムでも、例えば英国が予防接種行政に30人のスタッフを配しているのに対して、厚労省の結核感染症課には予防接種の担当者は4人しかいないこと、しかもその大半が薬害肝炎訴訟のことで忙殺されていて、担当者を集めて会議することすらままならないことが紹介されていました。
 そんなリソース不足の行政に全部任せていることに問題があるのかもしれません。北里生命科学研究所の中山哲夫教授はワクチン学会のシンポジウムの中で、「ACIPの設立を急ぐよりも、足元の問題を分析し、行動するワーキンググループを設立する方が重要」として、実際にワクチン学会の中に「ワクチン推進ワーキンググループ」を設立。成人の百日咳が増加している問題に対処するために、現在、11歳から12歳のときにジフテリア・破傷風二種混合(DTトキソイド)ワクチンの接種を行っているところを、ジフテリア・百日咳・破傷風の三種混合ワクチンに代えるべく、08年9月に全国29施設が参加する700例の臨床試験を開始したことを紹介していました。動かない行政に文句を言うよりも、むしろ自分で動き出そうということでしょう。その有言実行ぶりには感服します(中山教授の取り組みについては、改めて日経バイオテク・オンラインでも記事にする予定です)。
 とにかく、ワクチンを巡っては問題が山積されています。ただ、どんな問題があるかについては既に議論が重ねられていて、4月に開催されたワクチン産業ビジョン推進委員会でも「ワーキンググループ検討取りまとめ」として報告されています。問題は、「検討取りまとめ」に挙げられた問題を解決するためには、誰が、いつまでに、何をしなければならないのかを明確にすることです。その課題が技術的なことであればスケジュールを決めて解決を求めるのは難しいかもしれませんが、手続き的なことであればある程度人的リソースを集中するなどすれば克服可能なはずです。
 問題は既に整理されています。その問題の解決策を具体的に検討していくための組織と仕組みがないことに問題があるのだと考えています。
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 バイオ研究者のスキルアップやキャリアアップに役立てていただきたい月刊のPDFマガジン「BTJジャーナル」08年10月号を、先月末に発行・公開しました。
 “青”コーナーの特集リポートは「脳科学と疲労研究」。9月3~5日に沖縄・名護で開催された第3回国際疲労学会のホットな議論をリポートしています。日本が牽引する疲労科学の研究では脳分子イメージングが鍵を握っています。
 10月に理研に発足した分子イメージング科学研究センターのセンター長が主務の渡辺恭良・大阪市立大学教授が、日本の疲労科学研究を牽引していますが、大阪市大の現在のCOEは09年3月で終了してしまうのが、ちょっと気になります。疲労を緩和しうる機能性成分の研究も、続々と成果を挙げていて、実用化が進んでいます。
 厚生労働省が表示を許可・承認するトクホ(特定保健用食品)として、申請に至っていることが公表されているクエン酸とイミダゾールジペプチドのほか、コエンザイムQ10、りんごポリフェノール、茶カテキンも、ヒトで効果を検証した成果が論文発表されており、トクホ申請が可能な段階に到達したとみることができます。これに続き、オルニチンやDHAなども、抗疲労効果の検証が進んでいます。
※BTJ記事
大阪市大COE・総医研、抗疲労効果をヒト試験で検証した成果が相次いで論文発表
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/7326/
 
 詳しくは、BTJジャーナル08年10月号7ページから10ページの記事をご覧ください。
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 08年10月号(第34号)のコンテンツを目次で紹介します。
P.2 連載「大学は今」第10回
権威ある世界大学ランキング
日本の大学は35校がランクイン
P.7 特集リポート
日本が牽引する疲労の科学
脳の分子イメージングが鍵
渡辺恭良・理研センター長・大阪市大教授
P.11 連載「いいともバイオインフォマティスト」
第4回 舟橋啓・慶應義塾大学専任講師
P.14 BTJアカデミック・ランキング
論文の被引用の関連記事が人気
P.15 専門情報ウェブサイト「FoodScience」
中国産野菜でまた被害
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「Gateway開発記念10周年シンポジウム」(9月2日開催)

P.18 BTJプロフェッショナルセミナーReview 
「次世代シーケンサーが変えるバイオ研究の未来」(9月18日開催)
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                         BTJ編集長 河田孝雄
 
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