皆様お元気でお過ごしでしょうか?
 
 今回はバイオインフォマティクスの観点から注目すべき国際動向を3件、ホットな話題としてご紹介いたします。
?.欧州ライフサイエンスデータベースの今後-ELIXIR の動き
?.オープンアノテーションの傾向
   ?.生体外化学反応を触媒する人工酵素の設計
?.ELIXIR の動き
 ELIXIR (The European Life-science Infrastructure for Biological
Information ) というコンソーシアム (www.elixir-europe.org) が結成され、欧州における今後のライフサイエンスデータベースのあり方を2年間で検討することになりました(日経BP/BTJニュース1033号2007/9/7 既報)。13ヶ国32機関がメンバーとなっており、全体の推進・調整役はEBI (European Bioinformatics Institute)の Janet Thornton 所長です。
 その第一回の全体会議が2008年4月11日にイギリス(Hinxton)で開かれました、その報告が 5月27日に公開され、同時にECがこの活動を支援するため 4.5Mユーロ(7M$)を拠出すると発表しました。
 
 EBIは米国NCBIに並ぶ世界のバイオデータベースセンターですが、Thornton所長は下記のような危機意識の下に、このコンソーシアムを結成しました。
 
 ゲノム・遺伝子・タンパク質ほか多様で急増するライフサイエンスデータベースが、多くの研究者に充分に活用されるためにはどのような仕組みがよいか、また、次世代シーケンサーの影響にどう対処するか、膨大な臨床記録との連携をどうするか、スーパーコンピュータセンターとの関係をどうするか、IT専門家の必要性増大への対策は、またソフトウエアやサービスの会社の育成は? など、今後想定される課題は多いと言っておられます。
 特に、データベースの継続性については、非常に危機意識を持ち、そのサポートを強く訴えています。現在、世界で使われているバイオメディカルDBは約900あり、その40%は欧州産であるが、その半分はEMBLから継続的支援を受けているものの残りの半分は個別テーマ支援で継続性の保証がないとの実状を示しています。
 
 EU/ECが進めている科学技術計画 FP-7(Framework Program. 2007-2013)の中に、研究基盤を強化する施策が入っており、その一つとして Information Infrastructure を組み入れる方向に動いていると言えます。それが認められれば、上記の継続性の問題はある程度解消するものと思われます。
 
 このために、12のワーキンググループで様々な問題を急ピッチで検討し討議することになっており、次回は2008年11月18日に開かれると発表されました。
 
 ワーキンググループの中には、データベースの標準化、統合化、相互乗り入れ性、ツール統合などの他に、ユーザー調査、文献とのリンク、化学・植物・環境データなどとの関係、コンピュータ能力と配置、組織・法律問題、人材育成、資金など、多様な側面が検討されます。
 
 日本の今後のバイオデータベースのあり方を考える上でも重要な動きとして、注目・協調していく必要があるでしょう。
 
?.オープンアノテーションの傾向-WikiProteinsの発表
 急増するバイオデータベースに対し、それぞれのデータの意味づけ・情報付与をするアノテーション作業は非常に重要です。例えば、ゲノム中の各遺伝子の構造・機能を明確にし、関連情報を付与すること、タンパク質の構造データベースに対し機能情報を付与することなどです。
 このアノテーション作業を、世界中の研究者の協力を得て、公開の形で進めようとするのがオープンアノテーションです。その動きが今後ますます進む傾向にあります。その一つが、今回のWikiProteins の発表です。
(アノテーションジャンボリー)
 オープンアノテーションとは異なる形としてアノテーションジャンボリー(集中アノテーション大会)があります。ゲノムあるいは遺伝子のアノテーションのために専門家が大勢集まってある期間集中的にコンピュータを駆使して各遺伝子に出来るだけ多くの情報を付与しようとするものです。
 
 この形は最初C.Venterらによってショウジョウバエゲノムについて行なわれましたが、その後、日本の誇るべきデータベースFANTOM (哺乳類遺伝子機能付与)及びH-InvDB(ヒト遺伝子機能付与)は、この形式で信頼度を高めるのに成功してきました。前者は理研を中核に、後者は産総研を中核に、それぞれ国内外の研究者50~百数十名の協力を得て、1~2週間缶詰で、アノテーション作業をしました。2000年から2007年の間に目的を定めて数回やってきました。その都度、このやり方によって短期間にアノテーションが急速に進み、またその成果報告もされました(Nature 420, 563-, 2002, PLoS Biology 2,856-, 2004 他)。(日経BP/BTJニュース707号2005/7/8参照)
 
(オープンアノテーション)
 インターネットの時代に、アノテーション作業をネット上でしようということは当然の成り行きです。その最も大規模で早かったのは、EnsEMBLの構築にDAS (Distributed Annotation System)を採用しようとしたことでした。ヒトゲノムのドラフト配列読みとりが完了する2000年の直前にこの計画が発表されました。膨大な数の遺伝子のアノテーションをEBI内の限られたメンバーではこなせないので、ネット上で多くの協力者を得てアノテーション作業を早めようという構想でありました。しかし結局のところ、内部メンバーによる質の高いアノテーションがその後も着々と進められております。そしてDASの方は自動アノテーションに重点をおき、人間のアノテーションの補助的役割になって来たようであります。
 
 ところが2005年頃から、相次いでオープンアノテーションの必要性が改めて強く言われるようになってきました。
 
 その第一は、メタゲノミクスです。GOS(Global Ocean Sampling) プロジェクトでは、海洋中の微生物群を丸ごと採取し、そのゲノムをホールショットガン法でシーケンスしますので、その中には今までとは比較にならないくらい多くの未知遺伝子の存在します。これらの遺伝子のアノテーションをプロジェクト内研究者ですることは不可能であるとしてデータの早期完全公開によって世界中の研究者の自由な協力を得ようということになりました。現在多く進んでいる各種のメタゲノム解読プロジェクトも同様のことになるでしょう。
 
 第二は、タンパク質立体構造データの急増によるものです。米国・日本を中心に進められてきた「構造ゲノミクス」プロジェクトからは、非常に多くの立体構造データが短期間に出てきました。その一つ一つに機能や生化学・物理化学データを付与することを限られたメンバーでは出来ないことです。ここにもオープンアノテーションの必要性が出てきました。米国構造ゲノミクスプロジェクトPSI-2のサンジェゴグループから、2007年にTOPSAN (The Open Protein Structure Annotation Network)が提唱されました。
 
 これも Wiki 方式で進めるという計画になっています。
 
 第三が今回のWikiProteins です。これは個々のタンパク質に関わるすべての情報をWiki 方式で世界中の研究者から入れてもらおうというものです。Genome Biology の最近号にその考え方と内容及び進め方が出ています。その推進者が、SwissProt- UniProtを進めてきた A.Bairoch やEBI のM.Ashburner らであることを見ると、今後かなり重要なデータベースになるのではないかと期待されます。
 
B.Mons. M.Ashburner, A.Bairoch et al;
  Calling on a million minds for community annotation in WikiProteins.
        Genome Biology 2008, 9:R89, 1-15 
 
 Wiki 方式には、参加者の動機付け・権利や、追加情報の信頼性など、乗り越えなければならない問題もありますが、大きな趨勢であることは否めないでしょう。
 
 以上総じて言えることは、今後データ生産者はそのデータを即刻世界に公開し、多くの人に情報を付与してもらう、その上でそれらをどう利用するかを競い合うということになるのではないでしょうか?
 
 「データは共有、智恵は個有」という考えは如何ですか?
 
 先日(6/4) 開かれたソニーCSL(コンピュータサイエンス研究所)20周年記念講演会で、所眞理雄所長の提唱された “Open System Science” のお考えには、諸手を挙げて賛成です。
?.生体外化学反応を触媒する人工酵素の設計
 Univ. of Washington のDavid Baker教授のグループから、生体外化学反応を触媒する人工酵素の設計に成功したという論文が、最近のScience誌 及び Nature誌に相次いで発表されました。これは画期的な成果であり、今後広い応用がなされるでしょう。
 
 多くの酵素が常温常圧の生体内反応で極めて効率のよい触媒作用をしていることは驚くべきことですが、この酵素機能を通常の化学反応の触媒の代わりに使おうというもので、次の三つの技術を組み合わせて実現しました。第一にコンピュータによる反応遷移状態のモデル化をし、次にそれを取り囲むタンパク質構造を設計し、最後に定方向進化工学 (Directed Evolution) によって精密化をするというものです。
 具体的には、ケンプ脱離反応(炭素からのプロトン移動のモデル反応)を触媒できる新規酵素をコンピュータで8種類設計し、進化工学で活性を更に高めました。また、非天然基質の炭素間ボンドの切断を触媒する4つのモチーフを持つ Retro- Aldol 酵素を設計しました。いずれも、結晶構造解析で触媒部位の細部構造が設計通りであることを確かめています。
 
 今後、色々な反応にこの方法が適用されれば、将来化学プラントの様相が変わって行くのではないか、エネルギー・環境問題に大きく貢献するのではないかと期待が膨らみます。
 
 更に、ここで指摘したいことが二つあります。一つは、スーパーコンピューティングのことです。@home Computing 方式が今回の設計、特にタンパク質構造設計の段階で重要な役割を果たしました。この方式は、分散配置されているパソコンを多数(数万~数十万)台つないでスパコン並みあるいはそれ以上の能力を発揮させるもので、すでに科学計算においていくつかの実績がありますが、D.Bakerらはこの方式により、タンパク質の構造空間探索をして、上述の反応部位を囲む構造を求めました。
 
 二つ目は、異分野融合の研究スタイルのことです。D.Baker は元々タンパク質立体構造予測で有名です。予測コンペのCASPで常にトップの成績を収めてきており、予測法の次にはタンパク質設計に向かうのは当然です。すでに新たな構造のタンパク質設計では成果を挙げていますが、優れた機能を持ったタンパク質を設計するには、反応部位の詳細に詳しい専門家が必要です。そこで彼はUCLAの Kendall Houk研究室と組みました。更に、人工タンパク質を精密化するには、進化工学の手を借りようとイスラエルWeitzman Institute のDan Tawfik らと組みました。高い目標に向かって異分野専門家を巻き込んで、今回の成果を挙げたことは賞賛に値します。
 
 今後とも、色々なテーマでこのようなスタイルの研究が進むことを期待します。
othlisberger D, Khersonsky O, Wollacott AM, Jiang L, Dechancie J, Betker J, Baker, D. Kemp elimination catalysts by computational enzyme design. Nature 2008 May 8; 453, 190-195.
Jiang L, Althoff EA, Clemente FR, Doyle L, Rothlisberger D, Zanghellini A, Baker, D. De novo computational design of retro-aldol enzymes. Science 2008 Mar 7;319(5868):1387-91. 
Watters AL, Deka P, Corrent C, Callender D, Varani G, Sosnick T, et al. The highly cooperative folding of small naturally occurring proteins is likely the result of natural selection. Cell. 2007 Feb;128(3):613-24. 
Qian B, Raman S, Das R, Bradley P, McCoy AJ, Read RJ, et al. High-resolutionstructure prediction and the crystallographic phase problem. Nature. 2007 Nov;450(7167):259-U7.
 
 皆様お元気でお過ごし下さい。
 
                                八尾 徹
                              理化学研究所
                        (兼)産業技術総合研究所
                         (兼)科学技術振興機構
 
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アミロイド、プリオンがおもしろい
第8回日本蛋白質科学会年会より
BTJジャーナル08年6月号はエピジェネティクス特集です
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 毎週金曜日のメールで編集部原稿を担当しておりますBTJ編集長の河田です。
 今週は先週6月11日に取材した第8回日本蛋白質科学会年会のワークショップ「アミロイド構造生物学の新たな地平」の話題をまずはお届けします。
 このワークショップは、阪大蛋白研教授の後藤祐児さんらが企画したもので、とてもおもしろくないようが充実しているように思いました。
 アミロイドというと、アルツハイマー病やプリオン病などの原因となる、アミロイド線維のもととなる特殊なたんぱく質が有名ですが、カルシトニンやアミリン、グルカゴンなど、アミロイドとの関係はあまり意識されていないたんぱく質・ペプチドも、実はアミロイド線維を形成しやすいことが分かってきました。構造生物学の進展の成果です。構造生物学の記事は、今週月曜日(6月16日)発行の「日経バイオテク」のビジネスレビュー欄に3ページの記事をまとめてますので、ご覧ください。
 
 「アミロイド構造がこれだけ多く、生体内に存在するのなら、ファンクショナルアミロイドとでも呼べる、生体の役に立つものが根本的にあるのではないか」と、後藤さんはワークショップの締めくくりでコメントなさいました。「アミロイドのドグマ」を後藤さんは提唱しています
 
■蛋白質科学会のBTJアカデミック記事
2008-06-12
蛋白質科学会が新設した若手奨励賞を3人が受賞、
東工大の服部氏はMg2+輸送体の07年Nature論文の進展で受賞
http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp?a1=1&jreq=btjnews&id=20053719 

2008-06-12
蛋白質科学会アーカイブのβ版公開、
プロトコールを詳細に日本語で記述、日本語の査読論文に準ずる
http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp?a1=1&jreq=btjnews&id=20053709 
 
2008-06-11
岩田想・京大教授、膜たんぱく質の構造を解析する英Diamond MPLが完成、
微小ビームサイズは迅速可変
http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp?a1=1&jreq=btjnews&id=20053685 
 
 このワークショップのホットな議論は、また記事にまとめていきたいと考えております。
 さて、6月25日に発行・公開するBTJジャーナル08年6月号では、「エピジェネティクス」を特集します。下記の記事内容などを盛り込んでいきます。
2008-06-20 
初期胚のインプリント維持に関する論争に決着、国立遺伝研が阪大、MIT、Novartisとの成果を論文発表
http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp?a1=1&jreq=btjnews&id=20053930  
 
2008-05-12
続報、日本エピジェネティクス研究会の第2回年会は三島に250人、
第3回は09年5月に東京・一ツ橋、第4回は鳥取
http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp?a1=1&jreq=btjnews&id=20052719 

 2008-05-12
東大医、虚血後腎臓修復にエピジェネが関与、
HDAC5抑制でBMP7誘導を介した腎臓修復へ
http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp?a1=1&jreq=btjnews&id=20052728 
2008-04-14
国立遺伝学研などが454活用で哺乳類初の内在性siRNA発見、
偽遺伝子が遺伝子を制御、Natureウェブ公開早まる
http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp?a1=1&jreq=btjnews&id=20051996 
 
 メール原稿の締め切り時間となりましたので、今回はここまでとさせていただきます。
 最後に、5月末に発行・公開した「BTJジャーナル」08年5月号(第29号)の目次を紹介します。
 
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2 連載「大学は今」第5回
イメージングで免疫の全貌把握
審良静男・阪大IFReC拠点長

5 特集リポート
トランスフェクション
三宅淳・AIST部門長・東大招聘教授
三宅正人・AISTグループ長

10 BTJアカデミック・ランキング
 iPS記事がトップ3を独占

11 専門情報ウェブサイト「FoodScience」
 食品検査は是か否か

13 連載「サイコムキャリアプロジェクト」
 第4回 オンリーワンの自分を売り込め

16 連載「遺伝統計学へようこそ!」第15回
 現実的な全ゲノム関連研究を目指し

21 広告索引

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                          BTJ編集長 河田孝雄