まだ昨年ノーベル賞を受賞する前、2006年に奇しくも京都でお会いしたMartin Evans卿(英Cardif大学教授)夫妻に再びお目にかかりました。一度晩餐を同席しただけなのですが、奥様の方が覚えていたことに感謝です。肝心のマウスES細胞でノーベル賞を授賞したご主人の方は、からっきし印象が無かったようで虚ろな笑顔でした。
 受賞する前は、これぞ英国貴族という上品な研究者然としていたEvans卿ですが、今回は眼光鋭く、往年の研究エネルギーが再び燃え上がった感じで、幾分若返ったようにすら見えました。まさに、ノーベル賞によって初期化した感じ。ヒトは変わりますね。
 
 記者会見である新聞社が「山中教授のiPS細胞の樹立はノーベル賞に値しますか」という直球勝負をしかけましたが、Evans卿の答えは「科学的に重要な業績でもノーベル賞を逸することがある。ノーベル賞はちょっとランダムに選んでる向きもあるね」。この答えが嫌味にならないのは、お人柄と昨年のノーベル受賞者の余裕ともいえます。
 
 「ノーベル賞はエポックメーキングな研究に与えられる。その意味では山中教授の可能性は十分ある」とMasachussetts工科大学のJaenish教授が慌ててカバーしましたが、これも記者のうがった見方をすれば、同教授が共同授賞を狙っているように、聞こえてしまいます。
 
 iPS細胞国際シンポジウムの取材を終え、広島に移動中ののぞみの車内でこの原稿を書いています。
 
 今回の取材で、低分子化合物でiPS細胞をマウスで誘導できたという米Scripps研究所化学部のSheng Ding准教授の発表は衝撃的でした。しかし、当然のことですが、化合物の構造も示さない#1と表示された物質が本当にiPS細胞を誘導したのかは確かめようがありません。しかも、レポーターアッセイを使ったHTSというありきたりの方法で見つけたと主張しており、さらに疑問符が大きくなるばかり。本日、詳細を増田記者が執筆しましたので、是非ともBTJでチェック願います。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/2727/ 
 
 研究協力者の名前に、米製薬企業のMerch社が入っていたのには、少しびっくりいたしました。ただし、単なる寄付らしい。 今回のシンポジウムでは、欧米、イスラエル、中国、シンガポールなど、全世界でiPS研究に雪崩を打って参入している状況が良く分かりました。
 しかし、同時に今後のiPS細胞の臨床応用の問題も浮かび上がってきました。最大の問題はヒトES細胞がマウスES細胞ほど実は科学的に定義されておらず、世界中でヒトES細胞だと主張している多数の細胞株の間には多様性があるという点です。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/2725/ 
 ヒトiPS細胞は受精卵を破壊するという倫理的な制約を取り払い、ヒトES細胞に限りなく近い、多能性幹細胞を作り出す努力から生まれました。しかし、皮肉なことにiPS細胞がひたすら目標として肉薄する努力を重ねているヒトES細胞、そのものを科学的に現在も尚、科学的に規定できていない落とし穴があったのです。
 マウスES細胞は1)ES細胞を胚盤胞に注入してキメラマウスを誕生できる、2)動物に移植すると奇形腫を発生する、3)試験管内で多様な細胞に分化する、という3つの条件を満たすことが必要です。これがマウスES細胞のゴールデンスタンダードです。
 
 しかし、ヒトES細胞では、倫理的にキメラヒトを作るなんてことは許されるはずがないですから、1)の条件を満たすことはできないのです。従って、現在樹立されているヒトES細胞はマウスES細胞の足元にも及ばないくらい、細胞生物学的、発生学的に均一ではない多様なヒトES細胞を、ヒトES細胞と呼称して研究が進んでいるのです。
 つまりヒトES細胞そのものの定義が甘いため、混乱を招いているのです。3)の条件に変わる分子マーカーを遺伝子発現やエピジェネティックスのパターン解析から得る必要がありますが、それでも3)を代替するマーカーを発見することは相当困難です。
 1)が実験可能な霊長類のES細胞をまず樹立して、その比較をヒトES細胞と行うことで、1)を代替するヒトの分子マーカーを発見する回り道を真剣にしなくてはなりません。
 Evans卿の発表では、マウスES細胞の遺伝子発現プロファイルは受精後5.5日目のエピブラストにそっくりであることまで明らかになっています。霊長類のエピブラストの遺伝子発現プロファイルに類似した霊長類ES細胞をまず樹立できるかが、鍵となりそうです。
 
 私達は、安全で多分化能があり、経済的に培養が可能なベストのヒトES細胞をまだ知らないことを肝に銘じなければなりません。
 医薬品のスクリーニングはともかく、再生医療に活用できるヒトiPS細胞を得るためには、まずヒトES細胞研究の充実が不可欠であるのです、今やiPS細胞があるからES細胞研究は要らないという、お気楽な考えは正さなくては、虎の子のiPS細胞の実用化の大きな障害となると心配しています。
 
 さて今年も、大阪商工会議所がBIOの視察団を派遣します。最新のES細胞とiPS細胞の情報収集も可能です。
 今回の目玉はアリゾナ州政府前面支援の下、FDAがアリゾナ大学と共同で創設したクリティカルパス研究所を訪問することです。臨床開発を加速するための、制度や技術的な研究の中心に直接訪問いたします。6月15日から21日、米国にご一緒いたしましょう。
 
 詳細は下記のリンクをご覧下さい。一読の価値はあります。
http://www.osaka.cci.or.jp/Seminar_Event/bio2008_mission/index.html 
 
 毎朝、パワーブレックファーストで、本日の見所や昨日の成果の情報交換もいたします。これはきついが、役に立ちます。一人でも多くの方のご参加をお待ちいたします。
 
今週もお元気で。
 
            Biotechnology Japan Webmaster 宮田 満
 
ps
 大学、公的研究機関、政府の関係者に、月500円で日経バイオテクオンラインからえりすぐった基礎、大学、ポスドク問題、研究費など科学政策、政府動向、そして大学発ベンチャーの動向の記事を読み放題で提供いたします。学問も一つの穴に閉じこもっておればよい時代は過ぎました。皆さんの幸せと研究を発展させるために不可欠なニュース源にご登録願います。下記のサイトのワン・コインでニュースは全部読み放題です。是非お試し願います。
http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp?jreq=spnews&pg_nm=1
 
============================================================================
<<BTJブログWmの憂鬱>> 
最新の記事  http://blog.nikkeibp.co.jp/bio/miyata/
============================================================================
 
2008-04-28
BTJブログWmの憂鬱08年4月28日、GW特番、世界を変えたバイオムービー(1)
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/2420/

============================================================================
ホタルの発光量子収率を50年ぶりに再評価するとともに
“カローラ”サイエンスで研究自立へ
生物発光で細胞を長期計測できる汎用技術の開発で成果を挙げている
近江谷克裕・北大医教授・AIST研究グループ長が
BTJジャーナル08年4月号に登場
「BTJジャーナル」のダウンロードはこちらから
→ http://biotech.nikkeibp.co.jp/btjjn/
「BTJアカデミック」はこちらから
→ http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp 
============================================================================
 
 暗箱で光を計測する装置と、細胞内で安定な明るいルシフェラーゼを実用化、1個の哺乳類細胞から発する生物発光を数十時間、観測する技術を実現──。この汎用技術を開発した近江谷克裕・北海道大学大学院医学研究科教授・AISTセルエンジニアリング研究部門研究グループ長に、「BTJジャーナル」08年4月号に登場していただきました。
 
 近江谷教授は、ホタルの発光量子収率を再評価し、50年の誤解を正す共著論文を昨年末に発表したり、ニュージーランドを10回訪れるなど世界中で発光生物の探索を行うなど、アカデミアの研究活動を活発に行っている一方で、特許ライセンスで研究費を確保して研究者として自立する目標の実現にも着々と前進なさってます。特許収入に応じて研究費を配分するというAISTの制度を活用することにより、競争的資金などの獲得に頼らなくても、若手研究者と共に自由に研究を行える環境を確保したいと邁進しています。
 
 「BTJジャーナル」は、バイオ研究者のキャリアアップ/スキルアップにお役立ていただきたい月刊のPDFマガジンです。08年4月号は「光イメージング」を特集リポート。この4月に光イメージングセンターを立ち上げた北海道大学の近江谷克裕教授と金城政孝教授に研究の最前線を聞きました。生物発光や蛍光を駆使したin vivo・生物個体のイメージング技術は機能解析に不可欠。と共に若手研究者が挑むのに魅力的な分野といえそうです。
 
※BTJアカデミック記事
北大医学部に光イメージングセンター発足、
5カ年計画で初年度予算は約1億4000万円
http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp?a1=1&jreq=btjnews&id=20052392 
 
 詳しくは、「BTJジャーナル」08年4月号P.5-9の記事をご覧ください。
 「BTJジャーナル」のダウンロードはこちらから
→ http://biotech.nikkeibp.co.jp/btjjn/

「BTJジャーナル」08年4月号(第28号)の目次を紹介します。

2 連載「大学は今」第4回
iPSの世界競争に打ち勝つ
山中伸弥・京大教授

5 特集リポート
光イメージング
近江谷克裕・北大教授
金城政孝・北大教授

10 海外現地リポート
米Anaheimトレードショー

15 連載「いいともバイオインフォマティスト」第2回
中尾光輝・かずさDNA研究所特別研究員

17 BTJアカデミック・ランキング

18 専門情報サイト「FoodScience」

20 連載「サイコムキャリアプロジェクト」第3回
相手をよく知るには?

24 連載「遺伝統計学へようこそ!」第14回
質的形質と量的形質

36 広告索引

 ぜひ「BTJジャーナル」をダウンロードして、お読みください。パソコンでご覧いただくと、リンク先の情報もすぐに入手できます。プリントアウトをお読みいただくなら、カラーをお勧めします。

 BTJジャーナルは、オープンアクセス時代に対応した新タイプのジャーナルです。研究や教育、日常生活にご活用いただければ幸いです。
→ http://biotech.nikkeibp.co.jp/btjjn/
                           BTJ編集長 河田孝雄