半生にわたる米国生活に終止符を打ち帰国してから早くも7年が過ぎた。この間の経験は米国時代には想像すら出来なかったものだ。米国のTVが日本についてのニュースを報道するのは時折にすぎなかったが、日本では毎日米国のニュースが流れる。その大部分が米国で活躍する日本人野球選手についてである。何とも平和な国である。しかし、この間にも我国の経済はその国際競争力を失いつつある。それは社会の様々な部分で表面化しつつある問題とも関連しているように思う。この数年、私の日本観は大きく変わった。
 日本の社会は、何故こうも形を整える事を重視する管理社会なのだろうか。この官主導型社会では、創造性に主眼を置く研究の育成ではなく、既に重要性が知られ安心できる研究に大きな研究予算が付けられ、統括者(分野の有力者)の好みに合った研究が手厚く支援される。また、研究遂行にあって、研究倫理やコンプライアンスの遵守は、まずその根底にあるものを研究者が徹底的に理解する事が重要な第一歩であるが、その確認よりもまずこまごまと規制を作り管理の形を整える事が先行する。
 帰国後何度か能や歌舞伎観劇の機会を得たが、改めて日本の古典芸術、武道や茶道など日本文化の本髄は形であり、形から入り形に終わるものだと思った。無駄を除き洗練され、研ぎ澄まされた古典文化の持つ形は、本質を示し端正な美を表す。私はかって米国の大学で剣道部長を務めたが、大きな体の学生相手に練習や試合をする時、激烈な大根切りに恐怖を覚え、有効ではない滅茶苦茶な防御形を本能的に取っていた記憶がある。しかし、剣道7段の老師範は、ひらひらと無駄のない動きで彼らを苦も無くあしらわれた。物事を窮めるとは、無駄を削ぎ落とし、効率を究めた形、美に行き着く事だと感動したものだ。まさにプロである。こまごまとした管理規制で形を整え、責任を問われないためのリスク管理のための管理の仕方は研究者を疲弊させる、およそ美とは呼べない。
 帰国当初、若い女性を始めどの女性も化粧しているのに驚いた。米国ではお年寄りやアクターやメディア人位しか化粧していない。化粧や茶髪、美白、着飾りがダメと言うのではない。若い女性は化粧せずとも輝くばかりの美しさ(真実)を持っているのに、なぜ流行を追って化粧し、誰も彼も同じような睫毛と眉の形に整えるのだろうか。研究でも同様で、政府は研究予算配分システムを通して流行研究を煽る。これが次年度の重点研究分野であり、キーワードだと政府が決めると、研究者は雪崩を打ってそれに向かう。批判が出る事は無く、積極的に迎合することにより研究予算獲得(自己防衛)を図るのだ。これは我国の風土で醸成され、進化し、研究者にインプリントされた性癖のようだ。
 表面糊塗の多い日本の社会には共通の価値観として「契約」の概念が明確に確立されていないのではないか、とも思う。約束や契約は形式的であり、内実は空洞化していて、歪曲も起きる。行政府官僚の世界に「申し送り」習慣がある。これは重要事でも明文化した書類を残さず、口頭継承で引継ぎを行う仕方だ。後になって責任を問われる場合に証拠となる書類を残さない、2-3年で交替する後継者に大きな自由度を与え、後日約束事を変更する事すら可能にする、誠に都合の良いものだ。些細でも約束事は必ず明文化し、証拠をしっかり残す米国社会の習慣とは大きく異なる。
 今日、我国の行政主導下での研究や研究プログラム及び研究機関の評価は、分かり易い指標となる数値目標達成度とスコア付けを毎年やるのが当たり前のようになっている。「重要で意義あり」として設立した研究プログラムや研究組織であれば、まず育成する事から始めるべきだが、多くの場合初年度から数値評価を行い、数値が一人歩きする。結果的に論文など業績が比較的少ない創造性豊かな先端研究を潰そうとする力学が作動する。また、本来在るべき基盤インフラが未整備の場合、その整備は研究以前の仕事として研究者自らの膨大な時間とエネルギーを奪い、結果的に研究遂行が大きく遅延し、頓挫する事にもなる。このような仕方は、米国における研究評価や研究環境整備の仕方、研究者が創造性豊かな研究を展開できるようにする、進歩を大事にする仕方とは異質のものだ。
 帰国後日本の経験が長くなるにつれて痛感した事がある。それは、一部の数少ない優秀な研究者は別として、我国の研究者の質が米国研究者に比べて相当に低い事だ。日本人研究者は、研究論理と研究倫理の理解、言葉の持つ重要さの認識、誠実性・責任感・信頼性、素直さ、フランクな討議能力等、いずれも研究にとって欠かせない素質に何らかの未成熟性を持っていて、目先の利益を追って、多くは陰湿に言動する傾向がある。我国の風土がそれを許し、推奨さえしているように見える。彼らは、研究に対する純粋で強い興味から研究世界に飛び込み、優れた研究達成とカリア形成を目指と言うより、他の付帯的で便宜的理由、例えば収入や人的つながり、他の職待ちの成り行きまかせ、等の理由で研究カリアを選択しているようだ。だから陽だまりの猫のようにのんびりしている者もいる。要は、「でもしか」研究者なのだ。これは、我国の初等から高等教育、大学院教育、ディシプリン訓練の脆弱さを表している。優れた研究者育成には、精選された大学院生人材の確保が肝要であるが、その為にも博士課程学生の経済的支援整備を急ぐべきである。
 帰国以来、私は米国時代には考えられなかった様々な問題(研究施設建設を含め多くの非研究問題)の対応に追われ続け、結局、老海がめの持つ貴重な経験と知識、研究能力をフルに生かせなかった事を残念に思う。早く玉手箱を開けてみたい気持ちである。
                      産業技術総合研究所
                      年齢軸生命工学研究センター長
                              倉地 幸徳 
 
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今週は、かずさDNA研(千葉・木更津)、理研(埼玉・和光)、高エネ研(つくば)
産総研(つくば)でバイオインフォマティクス、統合データベース、糖鎖、構造
生物学など盛りだくさんでした.
現在、米カリフォルニア州のAnaheimに来ています。

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 毎週金曜日のメールで編集部原稿を担当しておりますBTJ編集長の河田です。
 
今週は、
月曜日 かずさDNA研究所植物ゲノム情報研究室
火曜日 理化学研究所(埼玉・和光)フロンティア研究システム
    システム糖鎖生物学研究グループ
水曜日 高エネルギー加速器研究機構放射光科学研究施設(PF)、
    産業技術総合研究所(AIST)糖鎖医工学研究センター
 と東京の外にいることが多く(都内の取材は2件だけでした)、今日(米西海岸の曜日はまだ木曜日、3月13日です)から、米アナハイムコンベンションセンターで開かれる「NATURAL PRODUCTS EXPO WEST」を取材しています。展示会は3000コマあるという大規模なイベントです。今日は展示会は準備中で、セミナーのみ開催され、その中で「Epigenetic Mechanisms in Alzheimer Disease」が一番おもしろかったです。近く報道して参ります。
 今月からは、先月(08年2月)に月500円で有料記事読み放題のサービスを開始した「BTJアカデミック」からを中心に、話題を提供します。ここ1週間のBTJアカデミックの記事閲読ランキングは、このメールの少し後ろのほうをご覧ください。
 上の取材履歴からご推察いただけるかと思いますが、BTJアカデミック、BTJジャーナルでは、糖鎖、構造生物学、バイオインフォマティクス、統合データベースの記事を順次、掲載していきます。
 
 なお、ここ1週間(3月7日から)のBTJアカデミックの記事では、以下の記事が好評でした。「BTJアカデミック」の検索窓から、文字列検索して該当記事をお楽しみください。
 
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1位)海外重要発表、Genome Institute of Singapore、ES細胞の維持にKlf4は必須ではない、iPS細胞基本特許に波紋か

2位)再生医療学会、名古屋大学の上田実教授、再生医療の実用化、「J-TEC1社で終わらせてはならない」

3位)凸版印刷、ライフサイエンスの本社研究機能をかずさに集約

4位)文部科学省、理研筑波研が初のヒトESの分配機関に、理研横浜研も初めてヒトESを使用する研究を開始

5位)続報、医学生物学研究所、制御性T細胞上のGITR狙った抗体開発で京大と契約

 最後に先月末に発行・公開した「BTJジャーナル」08年2月号(第26号)の目次を紹介します。

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2 連載「大学は今」第2回
激化する博士の経済支援競争

4 リーダー・インタビュー
国際ヒト常在菌ゲノムコンソーシアム
服部正平・東京大学教授

6 特集リポート
進化するDNAチップ
ChIP-chipをヒト全ゲノムに初応用
白髭克彦・東京工業大学教授

10 リポート
文科省ターゲットタンパク初シンポ

11 新連載「いいともバイオインフォマティスト」第1回
 黒川顕・NAIST准教授

13 新サービス「BTJアカデミック」開始
14 専門情報サイト「FoodScience」

15 連載「サイコムキャリアプロジェクト」第1回 若手理系人に必要なのは論理力を汎用化すること

19 連載「遺伝統計学へようこそ!」第12回 家系情報がない集団を対象に「ありふれた」疾患の研究

 ぜひ「BTJジャーナル」をダウンロードして、お読みください。パソコンでご覧いただくと、リンク先の情報もすぐに入手できます。プリントアウトをお読みいただくなら、カラーをお勧めします。

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                         BTJ編集長 河田 孝雄