こんにちは。日経バイオテク編集長の橋本宗明です。

 GreenInnovationメールの第4週を執筆いただくのは、北海道で技術戦略マネジメント・オフィスというコンサルティング業を運営しておられる飛谷篤実さんです。今回は、共生微生物を利用した植物栽培の話題です。
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◆北海道発◆◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     「スズメまたぎ」からの脱却と米作りのイノベーション
            技術戦略マネジメント・オフィス 飛谷篤実
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 北海道のグリーンイノベーションをご紹介する本連載の第5回目は、植物に共生する微生物を活用して、稲の病虫害の耐性付与や収量増加を目指す技術についてです。
 かつて「スズメまたぎ」、つまりスズメもまたいで通るほどまずい、と揶揄された北海道の米ですが、ここ10年ほどで大きく様変わりしています。その原動力となったのは、新品種の開発です。1989年にデビューした「きらら397」を皮切りに、「ほしのゆめ」「ななつぼし」「おぼろづき」「ふっくりんこ」など、特徴(味,粘り気,収量,耐寒性など)の異なる米が次々と新品種登録され、市場に投入されました。そして最新の品種は2009年登場の「ゆめぴりか」で、味や粘り気に優れると前評判が極めて高く、販売開始後すぐに売り切れとなりました。翌2010年も、通年販売を目指して生産量を大幅に増やしたにもかかわらず、道内向(10,000トン)は11年5月末時点でほぼ完売という人気で、道外向(4,000トン)も半分強が販売済みとのことです(北海道新聞,2011年6月2日)。
 全国の主な銘柄の米について食味評価を行っている日本穀物検定協会のホームページ(www.kokken.or.jp)によると、2010年産の「ななつぼし」(全道)は「特A」、そして作付面積が少ないため参考値となりましたが「ゆめぴりか」も同じ「特A」の評価を受けました。「特A」は、複数産地コシヒカリのブレンド米(つまり産地を標準化したコシヒカリ)を基準米に設定し、それよりも「特に良好」なものに与えられます。同協会の評価した2010年産の117産地品種のなかで、「特A」を与えられたのは魚沼産コシヒカリを含めわずか20産地品種しかありませんでした。また「A」は基準米よりも「良好」、「A'」は「おおむね同等」という評価ですが、それぞれ44、53でした。
 これら「特A」の北海道産2銘柄に加え、「きらら397」や「ほしのゆめ」も「A」評価を得ていることからして、かつての「スズメまたぎ」の生産地は今や全国でも有数の米どころになったと言えます。このような北海道産米の品質向上は地元での消費割合にも端的に表れていて、1996年には38%だったのが、2010年では78%まで上昇しています(北海道農政部,米に関する資料,2011年5月)。品種改良を担った北海道内の各農業試験場や、新品種の作付にチャレンジした農業生産者、それに消費拡大に取り組んだ流通関係者などの努力が実ったわけです。他の地域ではコシヒカリ信仰が根強くあるようですが、北海道では嗜好や用途に応じて、バラエティ豊かな銘柄の米を、手頃な値段で楽しめるようになりました。北海道産米の情報や統計については、上記の北海道農政部「米に関する資料」にまとめられていて、先の食味ランキングも掲載されています。以下のサイトからダウンロードできます。
・北海道農政部 農業振興課 北海道の水田農業
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/nsk/kome/top_kome.htm
 さて、ここまでは北海道産米の品種改良による質の向上のご紹介ですが、最近は違った角度からレベルアップを図ろうとする動きがあります。それは「エンドファイト」を活用した稲作です。エンドファイト(Endophyto)とは、endo(= within)とphyto(= plant)の合成語で、「植物共生細菌」や「内生菌」などと訳されます。植物の体内に侵入し共生する微生物群のことで、細胞内には入り込まず、細胞間隙に増殖するという性質を持ちます。エンドファイトは生理活性物質を産生し、それが免疫系への刺激となり宿主植物は病気や害虫への耐性を獲得します。
 エンドファイトは既に海外では実用化が進んでいて、例えばニュージーランドでは牧草の栽培に使われ、収量アップに成功していることが、NHKクローズアップ現代(2010/11/01放映)で採り上げられていました。エンドファイトの研究は、牧草中のエンドファイトが産生する物質によって、その牧草を食べた家畜が中毒を起こしたことがきっかけになったようですが、その後、エンドファイトが宿主に与える影響を積極的に活用する開発が進みました。同番組ホームページによると、主要な牧草の8割にエンドファイトが使われ、害虫の被害を大幅に軽減、牛乳の生産量が3割増加するなど大きな効果をあげたとのことです。
 この番組では、北海道でもエンドファイトを活用してイネの栽培試験を行っていることが紹介されていました。これはJAびばい(北海道美唄市)による取り組みで、技術協力しているのが前川製作所(東京都江東区、田中嘉郎社長)です。同社は産業用冷凍機やその他エンジニアリング関連のビジネスを国内外で展開している企業です。そしてそのグループ会社が手がけるゴルフ事業に関連して、低農薬/無農薬でも育つ芝草の研究を1980年代後半から行い、幾多の変遷を経てイネ用へとたどり着いたことが、同社の元代表で現顧問の前川正雄氏の著作『マエカワはなぜ「跳ぶ」のか』(野中郁次郎監修、ダイヤモンド社,2011年)に紹介されています。エンドファイトを稲作に活用するための研究開発は、2000年の東北大学との共同研究を始めとして、農水省や経産省などの助成を受けながらこの10年間に大きく進みました。2005年からは北海道での実証実験が開始され、JAびばい、JA岩見沢、JA富良野などと共同で進めています。現場でのこのような実証実験に並行して、2008年からは理化学研究所と共同で機能発現メカニズム等の基礎研究も行っています。
 プロセスを簡単にまとめると、まず元々イネに存在するエンドファイトの中から有用な種を選抜し、それをタンクで大量培養します。そして製剤用に加工処理し、圃場定植(田んぼへの植え付け)の数日前の苗に散布します。これによりイネは免疫を獲得し、いもち病などの病気やコブノメイガなどの害虫に対して耐性が高まります。結果として、農薬の使用量を4割から5割まで落としても品質と収量の低下を避けることができ、さらには農薬散布作業の省力化も図れます。2008年に35戸の農業生産者が107haで始めた圃場での試験は、2010年には76戸、約240haまで拡大しました。イネだけではなく、ダイズについても開発を進めており、今後は他の野菜にも広げていく予定があるようです。
 同社でこの研究開発プロジェクトを率いておられるマネージャーの方と話す機会がありました。その際に、連携先がなぜ本州のどこかではなく、遠く離れた北海道のJAや農業生産者だったのかと尋ねたところ、新たな取り組みに非常に熱心だったから、との返答がありました。失敗するリスクや手間を考えると新しい栽培技術にはおよび腰になるのが普通ですが、北海道では多くの協力者が得られました。恐らくこの姿勢は、北海道では「スズメまたぎ」の汚名返上に関係者たちがこれまで長く頑張ってきたことから生まれてくるのでしょう。さらに前川製作所というイノベーションに積極的な企業だからこそ、このようなコラボレーションが可能になったとも言えます。先に引用した書籍『マエカワはなぜ「跳ぶ」のか』においても、ナレッジマネジメントや知識経営の提唱者として良く知られた野中郁次郎一橋大学名誉教授が、同社のイノベーション手法や経営戦略について考察しています。そして同社のユニークな経営モデルは、日本発信の世界的モデルになりうるとたたえています。
 これまで消費者が食品を選ぶ基準としては味や食感、価格等が重要でしたが、近年ではそれらに加えて、安全性や安心感、低環境負荷、取引の公正性/適正性など、新たな価値軸が現れてきています。米穀についても例外ではなく、低農薬/減農薬やトレーサビリティなどが商品特性として求められつつあります。北海道の米作りも、今後、一層高いステージに進むためには、食味や価格の競争力を維持しつつ、安全・安心や低環境負荷などを実現するイノベーションを推進していかなくてはなりません。今回ご紹介したエンドファイトは、その解決策の1つとして大いに期待できそうです。