こんにちは。日経バイオテク編集長の橋本宗明です。

 GreenInnovationメールの第4週を執筆いただくのは、北海道で技術戦略マネジメント・オフィスというコンサルティング業を運営しておられる飛谷篤実さんです。今回は、たんぱく質やペプチド医薬品の製造を目指した「密閉型遺伝子組み換え植物工場」の話題を取り上げてもらいました。
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◆北海道発◆◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     遺伝子組み換え植物を利用した、夢の物質生産工場
            技術戦略マネジメント・オフィス 飛谷篤実
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 北海道のグリーンイノベーションをご紹介する本連載の第4回目は、植物を用いて有用物質を生産する技術についてご紹介します。これは「密閉型遺伝子組み換え植物工場」と呼ばれ、遺伝子組み換え植物を密閉系で水耕栽培し、たんぱく質やペプチドなど医薬用の有用物質を製造する画期的なシステムです。
 遺伝子組み換えを行った動物細胞や微生物を利用して得た抗体やたんぱく質を医薬品として用いることは近年広く行われていて、今やグローバルの売上トップ10の半分近くを占めるほどに成長しています。最近では植物細胞に遺伝子を導入して培養し、産生された酵素を希少疾患病の治療薬として用いるための開発も海外では行われています(イスラエルProtalix社がゴーシェ病治療薬P3終了)。日本でも遺伝子組み換え植物による物質生産の研究は盛んでしたが、開発段階を経ていよいよ実用化段階に入ったというのが今回ご紹介する植物工場です。
 密閉型遺伝子組み換え植物工場の開発は、札幌市豊平区にある独立行政法人産業技術総合研究所(略称:産総研)の北海道センター(北野邦尋所長)で行われています。このセンターには生物プロセス研究部門とメタンハイドレート研究センターが設置されており、前者は植物工場をはじめとして、植物や微生物等による物質生産、たんぱく質や核酸の機能性評価および用途研究など、世界でも最先端のテーマに取り組んでいます。また研究成果は地元の企業などが事業化を進めており、例えば不凍たんぱく質を利用した牛の受精卵の保存技術や、酪農し尿と微生物の混合醗酵物を活用した汚水浄化剤など、北海道ならではのユニークな商品やサービスとして結実しています。
 最近、世間でも植物工場という言葉を耳にする機会は随分と増えましたが、これは施設で栽培された植物それ自体を食品として利用することを目的としており、レタスなどの葉物野菜が多いようです。店内に設置された植物工場で栽培されたレタスを、収穫してすぐにサンドイッチに用いるといった外食サービスも話題になりました。これに対し、産総研の植物工場は、植物自体ではなく、それが作り出す有用物質の利用を目的としている点が異なります。また栽培される植物は後者では遺伝子組み換え体であることから、施設外への拡散を防止するために厳密に管理されています。この2つの点が、産総研の遺伝子組み換え植物工場を、野菜生産用の植物工場よりも技術的に難しくしていると言えます。
 密閉型遺伝子組み換え植物工場の構造を大きく分けると、遺伝子組み換え植物の栽培から収穫、さらに細胞の不活性化までを陰圧の下で行う「栽培エリア」と、不活性化した植物から有用物質を抽出・精製し、医薬品の原料や中間体の加工までを陽圧の下で行う「製造エリア」になります。施工を担当した鹿島建設の公表資料によると、栽培エリアでは温湿度・気流・照明・CO2濃度などの制御を行い、入退室のセキュリティ管理、気圧制御や廃棄のフィルター処理、廃棄物の滅菌・不活性化などにより、花粉など組み換え遺伝子をもつ植物体の漏出を防止しています(カルタヘナ法第2種使用許可取得)。
 一方、製造エリアはGMPハード基準(薬局等製造設備規則第6条)に対応し、清浄度クラス100から100,000のクリーンルームを中心に構成。凍結乾燥により不活性化された遺伝子組み換え植物から有効成分を抽出・精製、医薬品中間原料などを製造しています。この工場は2007年から稼動を開始していますが、植物栽培から製剤までを一貫して実施できるシステムとしては世界初とのことです。ちなみにこのシステムは2007年度のグッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)を獲得しています。
 この植物工場をプラットフォームとして、産総研では幾つもの遺伝子組み換え植物と有用物質の開発を行ってきました。最も進んでいるのは、遺伝子組み換えイチゴを用いた、イヌの歯周病治療のためのインターフェロン製造です。イヌの歯周病は3歳以上の成犬の8割が罹っているという報告があり、人間と同様に、悪化すると歯の脱落はもとより心臓病や腎臓病を誘発する恐ろしい病気ですが、特効薬はまだありません。この疾患に対し、産総研が開発したイヌインターフェロン-αを含有するイチゴを経口投与(塗布)することによって改善が確認されました。これはホクサン(北海道北広島市、津田憲一郎社長)や北里研究所(東京都港区、柴忠義理事長)などと共同で進めてきたプロジェクトで、早ければ年内にも承認申請を出す予定です。ヒト用のインターフェロンの生産にも既に成功していますが、開発期間の短いイヌ用を先行させました。
 イチゴ以外には、イネやジャガイモ、タバコでも栽培が検討されており、ニワトリ用のワクチンなどの開発が進められています。また一般の植物工場よりも栽培環境を幅広く制御できるシステムであることから、遺伝子組み換え植物に限らず、一般に水耕栽培が難しい植物種(根菜、穀類)についても研究が行われ、高い生産性を達成しています。世界でも最先端を行く産総研の植物工場は、植物栽培および物質生産のシステム開発には非常に有効なプラットフォームとして今後も活用されることと思います。
 つい7月1日には、北海道の大型研究開発プロジェクトを支援する公益財団法人であるノーステック財団が応募した「密閉型実証研究植物工場(仮称)」が、経済産業省の「イノベーション拠点立地支援事業」に採択されました。この事業では、産総研北海道センターの敷地内に10億円(3分の2を国が補助)をかけて新たな密閉型植物工場を建設し、これまで産総研で取り組んできた遺伝子組み換え植物による物質生産プロジェクトを加速します。2011年11月に着工、12年6月に完成予定とのことです。既存の植物工場と併せると床面積は1千平方メートルを大きく越え、国内最大の植物工場となります。
 北海道は2005年3月に「北海道遺伝子組換え作物の栽培等による交雑等の防止に関する条例」を交付し、全国でもいち早く遺伝子組み換え作物の栽培を規制する方針を打ち出しました。国内最大の農業生産地域であることから、農業への遺伝子組み換え植物の導入に極めて慎重になるのは当然かもしれませんが、一方で、産総研の植物工場のように世界でも最先端の研究開発を積極的に推進しています。遺伝子組み換え植物工場による研究開発と、その成果を活用した医薬品開発などのイノベーションが進みつつある北海道は、これからますます面白くなりそうです。