まるで足並みを揃えるかのように、国内の化学メーカーがバイオマス由来プラスチックの事業化に力を入れ始めたのをご存知ですか? 日経バイオテクの最新号では、国内の大手化学メーカーがバイオマス由来プラスチックに取り組む戦略について特集しました。特集については、日経バイオテク・オンラインでもお読みいただけますので、ぜひご覧ください。
国内化学メーカーの原料転換策で広がるバイオマス活用(上)
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/6901/
国内化学メーカーの原料転換策で広がるバイオマス活用(下)
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/6902/
(日経バイオテク10月20日号「ビジネスレビュー」をウェブに転載!!)
 その特集の取材で、先日、某化学メーカーのバイオマス由来プラスチックの担当者のところに伺いました。その担当者は、高分子の専門家でバイオの専門家ではありませんが、「実際バイオマス由来プラスチックを製造する企業から見て、これからのバイオ研究に期待しているのはどのようなことか?」聞いてみました。
 「私は門外漢ですので」と前置きしつつ、返ってきたのは、大変シンプルな答え。「菌を使うと、常に菌にとって心地いい環境を作らなければならず、さらに水系での反応になるので廃棄物も出る。ここが改良できれば、エネルギー効率などはぐっと上がるのに」というものでした。
 確かに、発酵を利用したものづくりの現場では、菌に合わせて反応時の温度を上げ下げし、pHを変え、栄養を加え…というのが実情。そのメーカーでは、製造するバイオマス由来プラスチックのエネルギー収支、二酸化炭素の収支などはまだ算出していませんでしたが、化学メーカーから見て、バイオマス由来プラスチックのLCA(ライフサイクルアセスメント)を考える際、発酵のインパクトは小さくありません。製造現場では、高度な技術よりも、はるかに地道な技術に需要があるというわけです。
 とはいえ、国内の化学メーカーが発酵の研究に本格的に乗り出して、低温でも酸性でも貧栄養でも、元気に目的物質を作る菌を探すか、というと、そういうわけではなさそうです。あくまで、発酵の結果、製造された原料を外部から調達し、重合技術や物性の改良技術といった自分たちの強みを活かす、というのが基本戦略。ですから、このあたりの“地道な”研究を誰がどう進め、今後どのように原料の製造メーカーが取り込んで行くか、というのは、バイオ技術を使ったものづくりにとって大きな課題です。
 最後に、本日は九州大学の神谷准教授に、セルロース系バイオマスの前処理技術として研究されている「イオン液体」について寄稿していただきました。ぜひお読みください。
                               記者 久保田文
※追伸:先週開催されたBioJapan2008で取材した
      米NatureWorks社、ブラジルBraskem社のインタビューもオススメです。
BioJapan2008、米NatureWorks社、2009年にポリ乳酸の製造能力を倍増へ
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/6767/
BioJapan2008、ブラジルBraskem社、
バイオマス由来エタノールからポリプロピレンの製造に成功
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/6930/
                              
※※みなさまからのご意見、ご批判をお待ちしております。
https://bpcgi.nikkeibp.co.jp/form-cgi/formhtml.cgi?form=ask_pass4/index.html
◆オピニオン◆◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  バイオマス前処理におけるイオン液体の可能性
                   ――九州大学工学研究院・神谷典穂准教授
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 九州大学の神谷と申します。食料との競合の可能性が低いセルロース系バイオマスからのバイオ燃料生産に貢献したいという意思を持ち、化学と工学の中間で仕事をしている一研究者です。本稿では、セルロース系バイオマスの酵素糖化に向けたイオン液体の利用について、我々のグループのアプローチと周辺領域の動向を紹介させて頂きます。
 イオン液体(※1)とは、広義には融点が100℃以下の塩、その多くは常温で液体であるため常温溶融塩とも呼ばれています。水でも有機溶媒でもない第3の溶媒として、現在、その利用に関して、基礎から応用まで極めて広範な分野で活発に研究が進められており、特定領域研究「イオン液体の科学」が進められています。
研究の詳細はこちら↓
http://ionliq.chem.nagoya-u.ac.jp/
※1:お手頃な価格のイオン液体の指南書としては、こちらがお勧めです。
「イオン液体 ―常識を覆す不思議な塩―」
               (北爪・淵上・沢田・伊藤共著、コロナ社)
 バイオマス前処理に対するイオン液体の利用は、Alabama大学のRogersらによる「イオン液体がセルロースを溶解する」という報告(JACS, 2002)に端を発します。比較的低温で劇薬を使わずにセルロースを溶解できるという点が、セルロース系バイオマスの前処理におけるイオン液体利用の大きな魅力と言えます。
 一方、Rogersらの発表の2年前に、「イオン液体中で酵素が機能する」という報告がなされました(※2)。これらの断片的な情報から、「イオン液体はセルロースの酵素糖化の溶媒として使えるのではないか?」と思われるのは想像に難くありません。
※2:手前味噌で恐縮ですが、最近の総説をご参照下さい。
「新たな非水溶媒イオン液体中での酵素反応,」
(中島・神谷・後藤、バイオインダストリー,2008年7月号のp24-34)
 しかし、冷静に考えると、セルロースの強固な高次構造を破壊し、溶かすような溶媒中で、酵素を機能させるのは至難の業と言えます。実際、前述のRogersらは、「イオン液体中におけるセルラーゼの失活」という大胆なタイトルの論文を発表しています(Green Chem., 2003)。そこで、セルロースのイオン液体溶液から再生セルロースを調製し、十分に水で洗浄してイオン液体を除去した後に、セルラーゼによる酵素糖化を行なう方法がToledo大のグループから提案されました(Biotechnol. Bioeng., 2006)。
 すなわち、基質(セルロース)の前処理行程と酵素反応プロセスを完全に分離するとで、セルラーゼの活性を50倍にも増加することに成功しています。これに対し、我々は、豊田中央研究所(株)との共同研究で、重量比で20%程度イオン液体が共存する条件下でもセルラーゼは十分に機能し、セルロースの再生と酵素糖化を同一反応場で行なえることを示しました。水-イオン液体混合溶媒中での不均一酵素反応という位置付けの研究になりますが、予想外に酵素糖化反応は進行し、イオン液体の種類に対しても比較的許容性が高いことが分かりました。
 では、セルロース系バイオマスの前処理におけるイオン液体の利用について勝算はあるか? ということになりますが、上述の例からも、可能性は十分にあるのではないかと考えています(信じています)。但し、実用化という観点からは、クリアすべき課題と技術要件が非常に高く、現時点では究極の基礎研究という位置付けになるかもしれません。
 それでも尚、イオン液体の可能性に懸ける価値がある理由は、イオン液体は研究者のアイデア次第で様々に溶媒物性を化学的に制御することが可能なため、すなわち、想像もつかないような性質を有するイオン液体が得られる可能性があるためです。そのため、化学工業分野においては、イオン液体を用いる実用的なプロセスが様々な形(しかし多くの場合は小スケール)で展開されつつあり、製薬分野での利用の可能性も探られています(C & EN, September 29, 2008)。
 現在、セルロースを溶解可能な新規イオン液体の開発の分野では、東京農工大学の大野弘幸先生のグループが世界のトップを走られていると思います。一方、我々のグループからは、もしかすると何も出て来ないかもしれないし、凄いモノが出てくるのかもしれない。後者の達成に向け、大学の一研究者としての私の現在の最大の仕事は、研究課題の意義とその先にある大きな夢に向かって、好奇心を持って共に研究を進めてくれる学生(同志)を育てることだろうと思っています。また、最近親になった一個人として、子供達の未来に少しでも寄与できるよう研究を展開したいと願っています。
(神谷典穂)
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国内化学メーカーの原料転換策で広がるバイオマス活用(上)
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/6901/
(日経バイオテク10月20日号「ビジネスレビュー」をウェブに転載!!)
国内化学メーカーの原料転換策で広がるバイオマス活用(下)
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/6902/
(日経バイオテク10月20日号「ビジネスレビュー」をウェブに転載!!)
BioJapan2008、米NatureWorks社、2009年にポリ乳酸の製造能力を倍増へ
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バイオマス由来エタノールからポリプロピレンの製造に成功
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https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/6923/
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