みなさま、こんにちは。今日は立秋ですが、東京はどこにいても、まるで海辺にいるかのような強い日差しが照り付けています。秋になるのが待ち遠しいです。
 さて、先週の関西出張の折、神戸大学以外にもいくつかバイオリファイナリーに関する取材を行ったので、今日はそのお話をしたいと思います。取材先の1つが、産業技術総合研究所関西センター内にある、ベンチャー企業の耐熱性酵素研究所でした。
 耐熱性酵素研究所に行ったのは、先月、同社が11種類の耐熱性酵素を使って、グルコースからエタノールを製造するプロセスを開発したという報道があったためです。通常、酵素反応だけでグルコースからエタノールを製造しようとすると、そのプロセス中、ピルビン酸にペルベートデカルボキシラーゼを反応させてできるアセトアルデヒドが酵素反応を阻害するため、反応速度が大幅に落ちるという問題がありました。
 そのため同社は、反応容器の温度を上げ、生成したアセトアルデヒドを気化させて除きつつ、酵素反応を行う手法を確立しました。耐熱性酵素を使っているため、高温でも反応速度が落ちないためです。
 このニュースはこれで面白いのですが、私はニュースを見て、「決して安くない酵素だけを使ってエタノールを作るのは現実的なのか?」と疑問を持ちました。それもあって、取材に行ったワケですが、取材の結果、同社がむしろその中間生成物に興味を持っていることが分かり、納得しました。
 同社のプロセスでグルコースからエタノールを作るまでにできる中間生成物はフルクトース6-リン酸、ピルビン酸、アセトアルデヒドなど10種類。それらを起点に、エタノールよりもはるかに付加価値の高い有用物質が生産できれば、酵素反応中心のプロセスでも収支の見合うものがあるかもしれません。
 微生物を使った発酵の場合、中間生成物から反応系を展開することは難しいですが、酵素反応は、1ステップごとですから、あらゆる中間生成物を利用できることが強み。現在、同社は微生物から単離した酵素の遺伝子そのものを使っていますが、酵素の改良を行えば、さらに効率が上がる可能性もあります。
 酵素反応を利用して、最終的に何を作るか。そこはビジネスセンスが求められるところですが、あらゆるモノの価格が高騰する今、バイオプロセスを利用しても収支が見合う最終製品の選択肢が増えていることは間違いありません。
                             記者 久保田文
※※みなさまからのご意見、ご批判をお待ちしております。
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◆オピニオン◆◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
   バイオエタノール生産における「コスト」と「環境低負荷」
        ――大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻の福崎英一郎氏
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 非食料のバイオマス資源からエタノールを生産する研究が、注目を集めています。トウモロコシなどの食料を原料としてバイオエタノールを生産するのは、余り感心しませんが、穀物を収穫した後の茎や葉を原料とするなら大いに結構であるというわけです。
 酵素を作用させて茎や葉を溶かし、エタノール酵母などを作用させてエタノールを生産するわけですが、実は解決すべき技術的な課題がたくさんあります。バイオエタノールを産業として考える際、重要な要件は2つ。1つは、「生産コスト」であり、もう1つは、「環境低負荷」です。両者はトレードオフの関係にあり、どちらを優先させるかによって研究開発のポリシーが変わってきます。当該点について私見を述べたいと思います。
 植物の茎や葉を原料としてエタノールを生産するためには、原料を微生物発酵可能な形に変えなければなりません。茎や葉は主としてセルロース、ヘミセルロース、リグニンから出来ています。セルロースはグルコースのポリマーであり、ヘミセルロースは主としてキシロースのポリマーです。リグニンをエタノール発酵原料にするのは、極めて難しいので、セルロースとヘミセルロースを利用することになります。
 そのためにまず、茎や葉に酵素等を作用させて、セルロースとヘミセルロースを分解し、グルコースとキシロースにするのですが、植物の細胞壁はセルロース、ヘミセルロース、リグニンが複雑に絡まって大変丈夫な構造をつくっており、なかなか酵素を作用させることが出来ません。回収率を挙げるためには,酵素が作用しやすくなるような前処理が必要です。
 前処理は、物理的処理、化学的処理等を組み合わせるのですが、ノウハウの固まりと言われています。とにかく,回収率を100%に近づけようと思うと飛躍的にコストが増大することが知られています。コストを考えると完全に回収することはあきらめて、回収できなかったバイオマスは、廃棄したほうが有利になるかもしれません。
 とにもかくにも、セルロース由来のグルコースとヘミセルロース由来のキシロース等が得られたとして、次のエタノール発酵プロセスを考えることにしましょう。グルコースは、ほとんどすべてのエタノール発酵微生物がもっとも簡単に利用できる糖ですので問題ありません。しかし,キシロースは一般的なエタノール発酵酵母は利用できません。ここでもコストを考えると、利用しやすいグルコースだけ利用して、残りは廃棄した方が原価は安くつくかもしれません。
 ここまでを乱暴にまとめると、コスト重視の場合は、茎や葉から利用するバイオマスはセルロースに限定し、回収率も100%を目指さないということになると思います。しかしその場合、バイオマスの利用率は半分を大きく下回り、廃棄物は焼却処理、微生物処理のいずれにしても、大量の炭酸ガスを排出することになり、環境に優しいプロセスではなくなってしまいます。
 話をキシロースの利用に戻します。キシロースでエタノールを作るためには、キシロースを資化できる微生物等からキシロース資化のために必要な遺伝子群をエタノール発酵酵母に導入して、グルコースとともにキシロースを利用することができる酵母を創り、前述のグルコース、キシロース混合物を原料としてエタノール醗酵を行うという戦略が考えられます。理屈はシンプルなのですが、実現は必ずしも簡単ではありません。
 キシロース資化性を付与するためには、ペントースリン酸経路や解糖系といった生命維持に必須な極めて重要なセントラルメタボリズムを改変しなければならないのですが、とりあえず遺伝子群を導入しただけでは代謝は上手く廻りません。目的外の代謝物が蓄積したり,エタノールの生産性が低下したり、グルコースだけを利用して、キシロースが使われなかったりと理由は様々です。
 目的の遺伝子改変を達成するためには、代謝のどの位置に負荷がかかっているのかを的確に知り、しかるべき対処を施さなければなりません。また、1カ所が解決しても、また新たに問題カ所が発生することも多々ありますので、出来るだけ全体を鳥瞰することが肝要になります。
 そのためには、メタボロミクス(網羅的代謝解析に基づくポストゲノム科学)が極めて有用になります。また、問題カ所の解決には、発現制御だけでは対処できないことも多く、最新の蛋白質工学による酵素の機能改変も必須となってきます。一見単純に見えるバイオエタノール生産も実は,極めて複雑であり,最新鋭のテクノロジーを駆使しないと達成できないことが感覚的に理解していただけたと思います。
 バイオエタノール産業を環境に優しいプロセスとして考えるのであれば、当面はコストを度外視してでも、可能な限りゼロエミッションを目指し、バイオマスの利用率を高めるための基礎研究開発が肝要といって間違いないと思います。化石燃料が本当に枯渇してからでは,間に合いませんから…。
■バイオ燃料生産研究の波及効果
 バイオ燃料生産研究に熱い期待が集中しています。バイオ燃料生産研究は、燃料生産研究ですので、プロセスエンジニアリングが根幹に位置します。特徴は、鍵反応が酵素や微生物といったバイオプロセスということと、環境低負荷のためのゼロエミッションが至上命題であるということです。ゼロエミッションは実は大変な戦略目標であり、達成するためには、各分野の最高技術を結集したオールジャパン体制が必要となります。
 既存の技術では超えることができない、極めて高く、明確なスペックが課された開発研究は達成の暁には、多くの基礎技術が生まれます。米国NASAのアポロ計画がその好例とされます。我が国でも、産官学プロジェクトしてYS11旅客機開発や、新幹線開発などが知られています。
 バイオ燃料生産研究も上記研究と同様に既存技術の組み合わせだけでは絶対に達成できません。成功の暁には、数多くの基礎技術が生まれることを確信しています。バイオ燃料生産研究はおそらく21世紀前半における最も重要な(非メディカル部門における)バイオエンジニアリング研究になることは間違いありません。産官学が最高のチームワークで目的達成に邁進することを祈念してやみません。
 
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と斉藤・新日石部長
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