先週は日本のバイオにとっては激動の週でした。
 9日にiPS細胞樹立に必要な第五の山中因子、Glis1の発表がありました。その前の週以前にキャッチしており、下記の記事は事前にインタビューさせていただいた内容を加えてあります。送信したメールで山中先生の名前を間違えてしまいました。以下訂正しましたので、どうぞご容赦願います。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/9579/
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/9580/
 Glis1は未受精卵と受精直後の受精卵にのみ発現している遺伝子であり、今回の京都大学iPS細胞研究所と産業技術総合研究所の共同研究の成果は、iPS細胞研究が第二段階に入ったと判断しました。その理由は極めて単純です。今までの発想では、この因子は発見できなかった。今回の発見で、iPS細胞の研究は初期化という未解明なプロセスに切り込んだと考えたためです。
 今までES細胞(胚性幹細胞)に特異的に発現している遺伝子から多能性幹細胞を誘導するに必要な遺伝子を選抜しておりました。しかも、その最終ゴールはES細胞とそっくりな多能性幹細胞を創ることでした。これを第一世代とするならば、Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycがゴールデンスタンダードとして確立したといっても良いでしょう。c-Mycをn-MycやL-Mycで代替したり、Mycそのものを除いた3因子でもiPS細胞を樹立することが分かったり、OCT3/4、SOX2、NANOG、LIN28でも誘導可能であることも示されましたが、常識的な推論の範囲に入っていました。
 Glis1はこうした範疇を逸脱した山中因子です。第一、ES細胞では全く発現されていない遺伝子です。従来の山中因子を選別する方法論では、これを発見することができませんでした。しかも、4因子ど一緒に線維芽細胞に導入するとiPS細胞の樹立効率を10倍に上昇させ、しかも、iPS細胞もどきの混入の少ない、きちっとしたiPS細胞のみが樹立されるという特徴がありました。事実、ES細胞にGlis1を強制発現すると死滅します。iPS細胞の樹立は促進しますが、iPS細胞では完全に遺伝子発現を沈黙するのがGlis1です。誠に好都合な転写調節因子です。樹立したiPS細胞の品質管理までする、まさに「魔法の因子」(山中伸弥教授)なのです。この研究の延長線上には、生殖細胞へ分化する過程と受精直後に起こるエピジェネティックスの変化(初期化)の謎を解く鍵が存在する可能性濃厚です。初期化の機構解明という二番目のノーベル賞を山中教授の弟子達が狙うチャンスでもあると一人で興奮しています。是非ともやり遂げていただきたい。
 もう一つ、先週のバイオに起こった激動は、6月10日午前8時半に、メビオファーマという我が国のバイオベンチャー企業が、TOKYO AIM株式市場に上場申請を行ったことです。この市場は機関投資家や海外の投資家などプロ向け市場。2年前に設置されました。この市場の特徴はプロが投資するだけでなく、上場審査などはAIMが行わず、AIMが認定した指定アドバイザー(J-Nomad)が責任を持って上場を決定、その後の株式の流動性などにも責任を取ることです。Londo取引市場の新興市場AIMを踏襲しています。本来なら、財務省や金融監督庁の投資家保護という頸木を離れ、ハイリスク・ハイリターンの市場形成が期待されていたのですが、指定されたJ-Nomadにリスクを取る度胸もそして新技術を評価する能力も無かったために、市場を開いて2年間も上場がまったくなかったという惨状でした。
 メビオファームが上場第一号となったのですが、その背景にはシンガポール系証券会社のフィリップ証券が、同日午前8時にJ-Nomadの指定を受け、同社の審査を経て、メビオファームが上場申請をしたという事実があります。このメールでももう何十回も申し上げていますが、我が国の金融界の能力不足が我が国だけ世界でバイオベンチャーの形成に失敗した過半の理由であることの明白な証拠となりました。今回のAIM上場は若干の寂しさを認めつつも、これから我が国のバイオベンチャーが飛躍するためには、海外、中でもシンガポールや香港の金融界との連携が不可欠であることを示しています。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/9607/
 メビオファームの関係者も「寂しいが、シンガポールに進出してアジアのバイオベンチャーとして成長していくしか、選択肢がない」と語っておりました。
 皆さん、今やアジア、欧州、米国へと我が国の頭脳ばかりか、優良企業も流失しつつあります。バイオベンチャーブームの引き金を引いた、米国のバイドール法には、雇用確保のため、連邦政府の研究成果を大学に移転、しかもSell to local , Sell to smallと明記してあります。合わせて、米国は年金の規制緩和を行いリスクマネーを新興市場に供給して、バイオ産業を加速しました。我が国の金融関係者も猛省しなくてはなりません。昨日の新聞では日銀がベンチャー向け融資枠拡大と書いてありましたが、リスクマネーを融資で提供しようという旧石器時代の発想では、事態は悪化するばかり。リスクマネーをがんじがらめにしている規制緩和とリスクを取った投資に関する損金の長期繰越などが喫緊の課題です。今やらなくては東日本震災も合わせて、我が国から頭脳と元気のよい成長企業が姿を消してしまいます。
 さて先週、大腸がんコンセンサスエンジンの討議を公開しました。先週Chicagoで開催されたASCO2011を先取りした議論です。医師限定で恐縮ですが、是非とも下記でアクセス願います。とにかく濃厚で面白い。
https://bioce.nikkeibp.co.jp/consensusengine/
 最後にお願いです。日経バイオテク副編集長の河野が下記のセミナーを企画しました。メッセージを下記に掲載いたしました。皆さんどうぞご参加願います。
「分子標的薬の創製と開発の最前線」をテーマにしたセミナーを今年も6月17日に開催することにしました。場所は東京・品川のコクヨホールです。現在、分子標的薬の主流はキナーゼ阻害剤ですが、今年のセミナーではmiRNAやたんぱく質間相互作用といった次世代の標的も取り上げています。セミナーの詳細と参加申し込みは以下のサイトをご覧ください。
http://bio.nikkeibp.co.jp/bio/seminar/110617/
 今週もどうぞお元気で。