やっとフランスから帰って参りました。欧州は20℃の春でしたが、東京はまだ寒い。ソメイヨシノと枝垂桜は咲き始めましたが、花寒です。被災地の方々のご苦労を思うと、一刻も早く、暖かい気候が訪れることを心待ちにしております。また、世界各国と自衛隊、そして職員を失いながらも、奮闘する消防、警察、各自治体の努力で、復旧も進み始めました。春は必ず訪れます。私たちも、被災地の支援と経済の再建に邁進しなくてはなりません。このまま自粛だけやっていては、被災地の復興の原資を確保できません。一時は震災復興税に賛成しかけたのですが、今は復興国債による財政出動が喫緊の課題であると確信しています。何のために、国家があるのか?1000年に一度の未曾有の天災に遭った無辜の民を救うことこそ、その存在理由だと今強く思います。
 さて、いろいろ書きたいことは山ほどありますが、時間がありません。
 東日本大震災の影で前回のメールでテノックス研究所の野口さんの訃報をお伝えしました。6月上旬にも偲ぶ会が企画されております。詳細が決まりましたら、改めてお伝えいたします。
 今週のメールでも、日本のバイオのパイオニアがお亡くなりになったことをお伝えしなくてはなりません。2011年3月19日に協和発酵の元社長であった、木下祝郎さんが肺炎でお亡くなりになりました。新聞各紙は事実を伝えたのみですが、木下さんは名古屋大学に転出された鵜高重三教授と共に、1956年にグルタミン酸の工業的発酵技術を確立した研究者でもあります。まさに、日本のバイオの基盤を形成する代謝制御発酵技術と工業的な発酵技術の創造者の一人でした。彼らの技術突破なしには、日本のバイオは80年代から90年代に欧米と伍して競争することはできなかったと思います。ただ、90年代から残念ながら日本の製薬企業は化学合成技術に偏重し、今や特許切れを迎えている生活習慣病薬のラスト・イン・クラスの開発に狂奔。現在では米Genentech社と米Amgen社、そして韓国にも、バイオ医薬の工業的発酵生産能力で後塵を拝する状況に陥っている我が国の状況が、なんとも故人には無念であると思います。同氏の遺志を継いだ協和発酵キリンが、ポテリジェントなどの次世代抗体技術によって世界をリードしていることが、木下さんの先見性の何よりの証明だと思っています。
 生命活動の維持に必要なアミノ酸を、菌体外に分泌して大量生産する。60年前には、誰もがそんなことできる訳がないと思っていたことに果敢に挑戦し、実現した木下さんとそのグループに深く敬意を表したい。現在、我が国の産業や社会が沈滞している最大の原因が、こうしたリスクを取って挑戦し、社会の幸福増大を行うことがビジネスの本来の姿であるという認識の欠如です。百年一日のごとく繰り返すことは、資本主義社会では後退や劣化に過ぎないことを、木下さんの遺言として、21世紀のイノベーションに挑戦するバイオ研究者は心に刻まなくてはならないのです。
 私が駆け出しの記者の時の木下社長は、それはもう酒仙の域に達しており、座持ちの楽しいお人柄でした。酒仙に対抗して何度も敗退した記憶を大切にしたいと思います。酔いながらも、体を酔拳のごとく動かしながらも、常にいたらぬ若者を叱咤激励、新しい挑戦をご支援いただきました。本当に、ありがとうございました。
 どうぞ、皆さん、今週もご自愛願います。