また、福岡へ向かう飛行機の上です。視界零。良くも真っすぐ飛んでおります。かつて有視界飛行しか可能ではなかった時代とは雲泥の差です。まるで冬場の風呂場のような湯気(雲)に囲まれて、1時間半で博多に着陸するはずです。本日は九州大学が初夏に開設する先端医療イノベーションセンターの特別セミナーの取材です。診療機能を持つセンターであり、医療機器の実用化などを企図しています。経産省が21億円を投入して設置した産学連携センターが果たして上手く行くのか、検証したいと考えています。
 さて、今朝の天気のようにもやもやした判決が、大阪地裁で2月25日で言い渡されました。イレッサの間質性肺炎による副作用死の責任(製造物責任法による告知や情報提供が不十分だったという過失)を販売元のアストラゼネカにのみ認め、文言では国の至らぬ点を示唆しながら、国には賠償責任がないとした判決です。アストラゼネカが作成した添付文書は、厚労省や医薬品医療機器総合機構も認めた上で定められることが、薬事法に書いてあるのに、何故、国家の責任は問われなかったのか?国が与えた損害の程度を国家賠償の該当案件として勘案するならば、国民の副作用死は国家賠償に値しないのか?など、頭は混乱するばかりです。
 大阪地方裁判所の被害者の救済をしたいという願いと、国の国家賠償責任は避けたいという思いが交錯した判決かと、疑ってしまいます。少なくとも、ここには正義はなく、被害者の救済と国家責任のバランスを取り、民間企業に責任を負わせたような後味の悪さだけが残ります。新薬審査に関する過剰な副作用の監督責任を負わせると、ドラッグラグが拡大するという学会や医療界、そして一部の患者団体の反発(先週、日本医学会会長の声明の資料を厚労省が予め渡していたことが報道されるというドタバタもありました)、また製薬業界などの反発を国への国家賠償責任を免責するエンジンとして、イレッサの新薬審査プロセスは正当であると認定、加えて添付文書改定後のアストラゼネカの対応は妥当であるとも認定しました。
 今回の判決では、発売後から間質性肺炎の副作用症例が積み重なり、間質性肺炎の副作用を重視した添付文書改定が行われるまでの期間の副作用被害に限定して、アストラゼネカの責任を認定しました。賠償総額は6500万円でした。発売当初の添付文書では、副作用の4番目に間質性肺炎が記述され、しかも致死性であることを明示しなかった責任が問われました。また、裁判所はアストラゼネカのホームページなどにも言及、間質性肺炎の副作用を軽視した情報提供を行ったと認定しました。しかし、臨床試験のデータでは我が国での使用量の250mgでは間質性肺炎の死亡例は報告されていません。大阪地裁が認定したとおり、新薬審査プロセスが妥当だとするならば、今回の判決で最も問題とされたのが、発売後に副作用例を逸早く検知し、添付文書などで、間質性肺炎の危険性の周知徹底を図らなかったアストラゼネカの責任となります。イレッサは発売当初、副作用がなく、しかも手軽な飲み薬肺がんが消える患者もいるということで、マスメディアが奇跡の薬として囃したてた状況で、販売が行われました。マスメディアも当然のことながら、薬害拡大の責任は逃れ得ないと思います。こうした状況で、敢えてアストラゼネカの責任や投薬した医療関係者の過失を問えば、あまりに急速に投薬例や販売を拡大したこと(あるいは制御できなかったこと)にあると思います。とはいっても、どこまでゆっくり安全性を確かめながら、販売を拡大すれば法的に妥当なのかという線引きは当然できないことも事実です。一人の副作用死も心情的には防がなくてはなりませんが、そうした結果、イレッサを投薬される機会を失った(一種のドラッグラグ)ことによる本来救えたかも知れない肺がん患者も存在することを認識しなくてはなりません。このバランスを量的に定めることは本当にできるのか?極めて疑問です。イレッサが他の抗がん剤と比べ、必ずしも副作用死が高い訳ではありません。いずれにせよ、臨床試験では限られた症例数しか投薬できない、そのために完全に副作用を予測できないことをもっと心に患者さんも含めてすべての関係者が心に刻む必要があるのです。あらゆる新薬は発売後数年は臨床試験の延長であると認識して、国も性や企業も、医療関係者も、患者も、リスク管理を行わなくてはなりません。
 そう考えると、本当に製造物責任法で製薬企業の責任を問い(故意である場合は勿論別です)、国の新薬審査プロセスの妥当性を民事裁判で判断すべきなのか?きっと各地方裁判所の裁判官の判断によって、ばらばらな判断が起こり、混乱が起こる可能性を懸念しています。多数の裁判を抱える現在の裁判官が本当に専門性の高い医療問題で妥当な判断が可能か?という我が国の裁判制度の問題は背景にあります。
 真の意味の患者で救済するために、副作用を抑止しかつ、ドラッグラグを縮小し、新薬の実用化によって救われる患者さんを一人でも増やすためには、市販後の臨床試験(患者登録によるフェーズ4)の充実と副作用情報の公開と医療関係者への共有をもっと迅速化することが重要です。企業も今回の判決で、リスク情報の早期公開の重要性を痛感したはずです。そして、それでも生じる無過失の副作用に関しては、医薬品・医療機器副作用救済制度で厚く救済すべきであると思います。これだけ抗がん剤や免疫抑制剤で新薬が誕生し、市場が拡大しているのに、救済制度の対象外に放置してきた国の責任は重大です。今回の判決も、その意味で国の中途半端な抗がん剤開発のセイフティーネットの綻びによる患者の救済の努力かも知れませんが、根本の制度改革をもっと強調すべきではなかった。民間会社にのみつけ回しをするのでなく、国家のシステムを正すことをもっと声高に主張すべきだったと考えます。
 大阪地裁の判決と同じ週の2月22日に、米国連邦最高裁判所がワクチンによる副反応を民事訴訟では取り上げないという判決を下したこととは注目に値します。一見、冷たい判決ですが、ワクチンの副反応のような高度な医療判断は、過失がない限り、ワクチンの副反応が無過失賠償制度の対象となるかを判断する専門家で構成された”ワクチン裁判所”に任せるという国家の制度的な交通整理を行ったものです。但し、この判決でも少数意見に、被害者を救済する制度の真空状態が生じるという反対意見があったことは忘れてはなりません。
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 まったく歯切れの悪い記事になりましたが、こうした歯切れの悪さを皆で噛みしめ、噛みしめ、患者保護と新薬開発の加速のバランスを成就する努力を続け続けるとしか、正解がないのではないかと悩んでおります。
 今週もどうぞお元気で。