現在、仙台に向かうやまびこ号でこの原稿を書いております。まだ宇都宮ですが車窓の外は一面の雪景色、まるで5駅ぐらい先行しているような不思議な感覚です。先ほど、家を出る時には雨だったのですが、四ツ谷の駅に向かう途中で雨に白い物が混じり始めました。雨がみぞれに変わり雪になる。神様は、地上で最も愚かだが性格の良い男に、雨が来るぞと最初の雨の滴を当てるという言い伝えがあります。今朝、雨が最初に雪になる瞬間に立ち会えて、雪の神様は分かっていると少し心が温まりました。しかし、この分では東北や北海道、日本海側を含め、日本列島でかなりの降雪になりそうです。こうした地域の読者は、どうぞお気を付け願います。
 さて、個の医療です。
 昨夜、ノバルティスファーマの記者懇談会がありました。ビッグファーマの中では最も新薬のパイプラインが豊富な同社は、現在、140件以上ものパイプラインの臨床試験を遂行中で、しかもその4分の1はフェーズ3に達しており、我が国の製薬企業から言えば垂涎の的となっています。
 同社の日本法人の社長の説明によれば、新薬が続々と発売されるのは必ずしも会社がHappyとなる訳ではなさそうです。昨年は薬価引き下げによって、我が国の医薬市場は低迷しました。同社も1.3%しか医科向け医薬の売り上げは伸びません。5種もの新薬の認可を得ながら、何故なのか?これは医薬品の売上げが、食品や自動車と異なる成長曲線を辿ることを示しています。副作用が避けられない新薬の販売は、じわじわと適切にその医薬品を使用できる少数の医師から処方を拡大せざるを得ないためです。特に、2015年には我が国で抗がん剤売上トップを目指すノバルティスが成長のエンジンと頼む抗がん剤は尚更、慎重に売り上げ拡大を図らなくてはなりません。急激に売り上げを伸ばさなかったか、伸ばせなかったかはともかく、経営陣は歯軋りするでしょうが、むしろ結果的に良心的であったと感じています。
 イレッサのように発売の初期に急激に売上を膨らませては、間質性肺炎などの副作用などを察知して、休薬したり、適切に患者選択(当時は経験ですが、今ではEGF受容体の変異検査で選別できます)を行ったりする技量不足の医師まで使ってしまう危険性があります。実際、イレッサの薬害訴訟では、間質性肺炎の副作用例が集積し、添付文書などが改訂され、間質性肺炎の副作用の警告が重視されて以降の副作用は問われていません。新薬発売時に添付文書で間質性肺炎を副作用の4番目に記載したことの是非が問われているのです。医薬品には副作用が避けられません。対象とする集団が持つ副作用のリスクを、処方経験を蓄積して、医師も患者も共有する必要あります。現在の国際共同治験ではせいぜい数千例に投与するのが限界です。しかも、民族や人種も多様です。日本人の1万人に一人発生する副作用を必ずしも臨床試験で検出することはほぼ不可能です。そのために市販後調査が厚労省によって要求されています。こうした市販後調査期間での、抗がん剤の投薬はむしろ臨床試験だと考えるべきです。そのため、まずは抗がん剤の使用経験の豊富な専門医が処方しなくては、患者にとっても迷惑です。また、患者さんも臨床試験に参加するぐらいの覚悟と医師の説明を咀嚼して、自分でリスクを取る意思を持たなくてはなりません。
 ノバルティスが開発したmTOR阻害剤など、従来には無かった新しい標的を阻害する医薬品(ファースト・イン・クラス)の抗がん剤を販売するためには、ゆっくり急がなくてはならないと思います。厚労省が認可したから、この医薬品は安心だと思うのは大きな間違いです。厚労省が医薬品を認可する条件は、リスクとベネフィットのバランスが、ベネフィットが上回ると判断したから認可したので、決してこの医薬品は使って安心であるとは保証しておりません。しかも、この医薬品のリスクとベネフィットのバランスは患者毎に異なるのが、大問題。個の医療がどうしても不可欠になる理由です。
 スイス・ロシュ社のように、個の医療を前面に打ち出している企業に比べ、決して、同じスイスのノバルティス社は個の医療に関しては積極的な印象を与えていません。が、昨夜はグローバルな2011年の課題として分子診断薬の開発を取り上げていました。記者との質疑応答でも、臨床試験では当然のことながら対象にした患者さんの遺伝的な背景を、まずは安全性に係る(肝臓のチトクロームP450)遺伝子などから解析を進めて行くと答えておりました。
 抗がん剤の専門医による使用経験の共有を促進するための新しいメディア、コンセンサスエンジンをまずは大腸がんや胃がんの消化器がんから開始しております。従来の抗生物質や循環器疾患などでは成功したMRによる販売攻勢は、抗がん剤では危険で、患者さんにも医師にも迷惑です。いかにスマートに、専門医が今判断している抗がん剤のコンセンサスを、一人でも多くの抗がん剤を使用する医師達に伝え、理解してもらえるか。情報共有の時間差によって、抗がん剤の副作用の被害に遭ってしまう患者さんの数を一人でも減らしていく、お手伝いをメディアとして行いたいと願っております。医薬品の適正使用やどうしても避けられない副作用のマネージメントなどに、このメディアは使えます。
 将来は患者さんとも情報共有したいのですが、まだそのテクノロジーを開発できていません。現在、医師限定ですが、公開しておりますので、どうぞ下記よりアクセスして見ていただければ幸いです。
https://bioce.nikkeibp.co.jp/consensusengine/
 新しい酒には新しい革袋。新しい薬にも、新しいメディアを創らなくてはなりません。
 さてそろそろ雪の仙台です。皆さんも、どうぞ御元気で。