今鹿児島から東京に戻ったところです。鹿児島も冷え込み、今朝の桜島は少し煙を吐いていました。
 昨日(2011年1月11日)、武田薬品が米Zinfandel Pharmaceuticals社から、アルツハイマー病の発病時期を早めるTOMM40変異マーカー(rs10524523)を導入したことを発表しました。同社はこの変異マーカーを活用し、アクトス(糖尿病薬)の適応拡大を狙います。特許切れのアクトスの新たな防衛策です。確かに、糖尿病がアルツハイマー病のリスク因子であることは明確で、糖尿病薬がアルツハイマー病患者の発症を遅らせることができれば、巨大な市場を獲得できます。問題は、用途特許が認められ、かつ他社の参入を阻めるかです。ジェネリック薬にこの新規適応市場を取られては元も子もありません。そこで、TOMM40変異マーカーが鍵を握ることになります。適応患者の選択にこのマーカーによる遺伝子診断が必要となれば、遺伝子診断とアクトスをパッケージで販売することによって、武田は新規市場を守れる可能性があります。我が国の大手製薬企業が直面する自社ブロックバスターの特許切れに、武田は個の医療で立ち向かおうというのです。
 誠にその心意気や良し、臨床開発が迅速に進むことと、TOMM40変異マーカーの販売承認申請も迅速に進むことを期待しています。今回の契約で、武田薬品はtomm40変異マーカーの開発、製造、使用、商業化の全世界での独占ライセンスを確保、Zinfandel社は契約一時金900万ドル、開発マイルストンで最大7800万ドル、そして販売後に更にマイルストンとロイヤルティを受け取ります。日本の製薬企業が、本格的に臨床開発で遺伝子変異検査を導入したのはこれが初めてで、今後のファーマコゲノミックス技術のライセンス相場を決めるものであると思います。
 rs10524523変異を持ち、なお且つ、コレステロール代謝に関係するアポEの3型遺伝子(アポE3)を持つ人は、約7年アルツハイマー病の発症が早くなることが、2010年の The Phramacogenomic Journal 10、375-384に掲載されています。現在のところGWAS でアルツハイマー関連遺伝子変異は15種以上発見されていますが、アポE4以外、臨床上のアルツハイマーのリスクを示すことが確定した遺伝子は今までありませんでした。後ろ向きのコホート研究(2か所の独立した)から発見された研究ですので、今後、前向きのコホートでの研究も臨床的な有用性の確定のためにには必要となります。但し、米食品医薬品局は既に、従来前向きコホート研究の無い診断薬は認めない方針を変え、ファーマコジェノミクスの診断薬に関しては、後ろ向きのコホート研究でも認可する方針を打ち出しており、TOMM40変異の診断薬も早期認可が期待できます。
 TOMM40遺伝子はミトコンドリアの膜たんぱく質で、細胞質内で合成されたミトコンドリアの構成たんぱく質を受け入れる穴を形作っています。このたんぱく質の変異によって、ミトコンドリアの機能不全が起こり、アルツハイマー病の発症が前倒しになると予測されています。rs10524523変異はTOMM40遺伝子のイントロンの変異で、Tの挿入数が増えているものです。この変異は、次世代シーケンサーによるTOMM40とその近傍にあるアポE遺伝子の領域(2万3000塩基)ディープシーケンスして発見しました。実際には、多数のアルツハイマー病患者のゲノムをシーケンスし、その領域に存在するSNPsを頼りに、この変異がどのように進化したか系統樹を作成して分析したところ、rs10525423変異は比較的新しい変異であることが分かったのです。この変異で長いTの繰り返し配列の挿入を持つ患者はつねにアポE3を持ち、通常の患者のアルツハイマー病の発症年齢(77.6歳)に比べ、70.5歳で発症していました。
 疾患関連遺伝子の探索で、SNPsの系統進化的分析を応用、実用的な遺伝子変異マーカーを発見したのはこれが初めてです。今後、SNPsの系統樹分析は疾患遺伝子の探索の有力な武器となりそうだと思いました。
 ところで皆さん、Zinfandel社とは変な名前だと思いませんか?これはワインの原料となるブドウの品種の名前。英GlaxoSmithKline社でファーマコジェネティックス研究を率いていたAllen Roses氏が米国Duke大学に舞い戻り、設立した会社です。過日、知人からRoses氏の消息を問うたところ「なんだか、ワインの品種の名前を付けた変なバイオベンチャーを創業した」と、聞いていましたが、まさか武田と提携するとは思ってもみませんでした。
 ちなみに、私はZinfandelは濃厚すぎて好みではありません。やっぱりMerlotが一番です。
 皆さんも、今年もどうぞ御元気で。
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