妙に暖かい冬を東京は迎えています。コートもまだ薄手、早朝ゆず湯に浸かっても、冬至とはとても実感できません。しかし、植物は着実に季節を刻んでいます。少し前まで楓の落葉と戦って参りましたが、それが終わるや否や、今度は柳が落葉し始めました。今朝は階段に落ちた柳の細い葉を踏み分けながら、現在、厚労省に向かっております。
 季節は移ろい、とうとう今年最後の個の医療のメールを執筆する時を迎えました。今年、皆さんはどのような一年をお過ごしになったのでしょうか?政権交代以後、我が国の混乱に輪がかかり、年末でも権力闘争を行っている有様です。その間に、中国に科学研究費総額で、我が国が2009年に抜かれたことが明らかとなりました。リーマンショック後の不況で民間企業が研究開発費を削ったことに加え、政府も仕分けなどにより、長期的な我が国の成長と安寧よりも、目前の餅に予算を振り分けたため、政府の科学研究費が前年から縮小したことが、駄目押しとなりました。大方の予想より1年前倒しで、中国に抜かれました。
 先進諸国では日本だけが科学研究投資を縮小させており、この近視眼的官民の幸せの追求が、我が国の未来に国民が確信できないより大きな不幸せを招いている構図です。今回、中国に抜かれても政府も企業も「止むを得ない」という諦めが感じられるのが尚更もどかしい。資源の無い我が国では科学立国こそ、国民の幸せにつながるという合意すら崩れてしまっては、この国に未来はありません。
 昨日、品川で開催した今年最後のBTJプロフェッショナルセミナーで、臨床研究目前のiPS細胞とヒトES細胞の再生医療を取り上げました。幸い、おかげさまで会場は満員。まだ、我が国の研究者やビジネスマンの先端技術に対する関心は熱いと確信できました。皆さん、ご参加ありがとうございます。
 このセミナーでは、先端研究者と行政や規制科学の一人者が一堂に会して議論しました。そこで感じた結論は、少なくとも臨床研究や薬事法下でのヒト万能細胞の臨床試験の法的な枠組みは急速に整備された。そして技術的にも、造良性腫瘍性以外には安全性の懸念が晴らされつつある。iPS細胞の多様性に関しては、尚、制御を検討すべき点も残るが、治療対象となる疾患毎に適する”良いiPS細胞やES細胞”を定義して、臨床研究を行っても良い段階に基礎研究が成熟してきた。来年のセミナーでは、来年、臨床研究が申請される見込みの理研が計画中のiPS細胞から分化した網膜色素上皮細胞の再生医療について、皆さんと議論したいと考えています。理想の万能細胞を追求した時代から、疾患を治療するための万能細胞の研究に、まさに今年突入したと考えています。我が国の規制科学の真価が問われる年となるでしょう。
 もう一つ、年末に元気を与えてくれたニュースは12月20日に我が国のベンチャー企業、オンコリスバイオファーマが米国Bristol-Myers Squibb社にAIDSの治療薬をライセンス、最大2億8000万ドルの資金と売り上げに応じたロイヤルティを確保しました。我が国のベンチャー企業では過去最大の大型契約となりました。同社の奮闘を知る身としては、よくぞ頑張ったと浦田社長以下、同社の成功を心からお祝いしたいと思います。暗い一年の最後に光を灯していただきました。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/5790/
http://www.oncolys.com/jp/news/images/press_24.pdf
 さて、個の医療です。もう既にこのメールでも報道しておりますが、PGx関連遺伝子に関しては、生殖系列の変異(つまり遺伝する)でも、医薬品投与を控えることで、副作用などを避けえることと考慮し、遺伝病の生殖系列の変異とは異なる扱いを許し、一般的な生化学検査結果と同じ取り扱いで良いという画期的ガイドラインがとうとう発表されました。
http://www.jshg.jp/index.html
http://www.jshg.jp/news/data/news_101216_2.doc
 これによって、究極の個人情報とマスメディアなどではあだ名され、医療関係者や患者さんが、ゲノム科学の恩恵を享受する障壁となっていた”遺伝子特殊主義”に、我が国でも冷静な見直しが始まったのです。今年の個の医療の最大の進展かも知れません。ゲノム科学の進展を喧伝した科学者も、そろそろ市民を驚かせすぎたことを反省し、冷静にその成果を社会に還元すべき準備を行うべきであると考えます。本日の朝刊にも出ていましたが、疾患のリスクが1.5倍以下の遺伝子発見をニュースとして報道する時代はもはや終わったのではないでしょうか?突然変異と疾患との関係を発見したら、具体的にどんな遺伝子のネットワークが病気を起こすのか?システムとしての疾患の本体に迫る次の次元の研究を行わないと、もうすぐ一流誌には論文を掲載できなくなるでしょう。
 いずれにせよ、今年はまったく酷い年ではありましたが、明日への希望をも種蒔かれたことを信じて、来年もどうぞ良い年をお迎え願います。
 皆さんも、来年もどうぞ御元気で。