雪のモスクワで、本田選手が惜しい試合を0:0の引き分けにしました。日本は暖かいため、真っ白になったピッチをTVで見ると、つくづく地球は広いと思います。気がついてみたら、家の紅葉も美しく鴇色に染まっています。これから我が国も冬を迎えますが、皆さんの心構えはもう整っていますか?
 さて、東京大学により懲戒解雇の取り消しを求めて争っていた東京大学工学部の多比良元教授に対する判決が2010年11月24日に下されました。判決は控訴棄却。RNAiに関する論文捏造事件は東京地裁に続いて、東京大学の勝訴に終わりました。この判決によって、研究者にも冬がやって来ると深刻に思いました。皆さんも実験ノートや、実験試料などの保全に努め、自身と自分の科学研究を防衛しなくてはなりません。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/5261/
 何故ならば、所属する機関に論文捏造を訴えられた場合の対処が大学ごとにまったく異なり、まったく正当性を欠く調査による断定も起こりうるからです。今回の判決で東京高等裁判所が、判断の根拠とした東京大学工学部の論文捏造の調査委員会報告書ですが、調査委員会の委員として告発したRNA学会の主要幹部が参画しており、中立性を欠いていることは歴然としています。さらに今回の判決でも明白ですが、日本の裁判所は、科学研究の実態や科学における真偽に関して判断する能力がなく、ひたすら判断を放棄して、大学の権威にすがるだけであることが明らかになったためです。多比良元教授の懲戒免職を発表した記者会見で、当時の副総長(法学部)が「裁判所が東大に異を唱えるはずは無い」と断言した通りになりました。我が国の裁判所には正義が無いと、米UCSBの中村修二教授が青色発光ダイオードの特許裁判の経験から語っていることを思い出しました。12月1日にも筑波大は長元教授の捏造事件の判決がありますが、多比良元教授の件も盛んにこの裁判で引用されており、このままでは裁判所は大学を支持する可能性濃厚です。以下に、長元教授の支援者のサイトを示します。皆さんはどうお考えですか?
http://www.cho-teruji.org/
 私は裁判所には科学的な捏造事件を裁く、能力も人材も無いと考えます。また、所属機関の調査と裁判所の判決だけでは、研究者の自由と独立、そして研究者の創造性も殺ぐと懸念しています。かつて、我が国の学術会議も提唱していましたが、米国の研究公正局や英国の研究公正局のような中立機関を我が国でも早急に整備し、捏造事件の予防と捏造を有無劣悪な研究環境や教育の不備を正す必要がどうしてもあると確信しています。今回の事件は完全な勧善懲悪の単純な事件ではなく、我が国の科学研究インフラの欠陥を示すものなのです。明日にも皆さんにもこのインフラの欠陥の災いが及ぶかも知れません。
 東大工学部が要求した追試による黒白も必ずしも、追試できないからといって捏造の証明とはなり得ません。容易に追試できない論文は、実は山のようにあるからです。科学論文の結果は、第三者が追試して初めて科学的な真実になるという原則を忘れてはなりません。論文に掲載されたからといって、すべての要素を記述し切れていない場合もあり、簡単に追試できるわけでもないからです。また善意の過誤が新発見につながる例も非常に多いのです。こうした再現性のないケースと捏造を区別することはとても難しいというのが実情です。結局、捏造事件はやった本人の告白以外は確証が得られないものなのです。多比良元教授の研究室で捏造の実行犯と名指しされている川崎元助手は、捏造に関して黙して語らず、その真相は闇の中です。
 川崎元助手の論文捏造の噂はかなり前から流れていました。多比良元教授もその真偽を糾す責任はあったと思います。しかし、それが即ち多比良元教授の懲戒解雇に相当するとは私にはとても思えません。むしろ短絡的に科学はあくまでも真理を追究すると言うドグマに燃えて、捏造を行った研究者の管理者は懲戒解雇とする方が、今までの通説を破壊する、創造的な、そして異端な研究の芽を摘むことを懸念します。東大は外国の研究の追試、わが邦初の成果でよいというなら、東大は捏造した部下を持った教官全員解雇を推し進めるべきです。投入した研究費当りの論文の数(論文の生産性)で低迷し、国際的な大学ランキングも低下しつつある傾向に拍車がかかるでしょう。
 奇しくも、東大工学部は今年3月2日に、アニリール・セルカン大学院工学系研究科建築学専攻助教に対し、03年3月に東大が授与した博士号の取り消しを決めました。学位審査で盗用(ウェブサイトなどの公開情報がほとんど)を見抜けず、約7年間も放置していたのです。この管理責任はいったい誰がどうとったのか?少なくとも、学位審査の委員長やセルカンさんの主任教授が懲戒解雇となったという話は聞いておりません。このまったく一貫していない恣意的東大工学部の姿勢も、研究公正局を我が国に創らなくてはならないという根拠です。大学の判断が誤った場合、それを裁判所がただす能力がないなら、研究者が駆け込む場所が必要です。
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_220305_j.html
 ある意味では、今回の判決が、国際的に見ればあうんの呼吸、つまり性善説で展開されていた我が国の科学研究に性悪説を導入し、管理するシステムへの変更を加速すると考えます。そして今回の事件の有無に関わらず、こうした管理体制の整備は不可欠であると考えます。ただし、研究室のマネージメントなど研究室を主宰する教官がしっかりしないと、雰囲気の悪化やパワハラなどが発生し、創造性は低下するだけでしょう。一種の徒弟制度で育てられてきた現在の教官たちに、研究者のモチベーションを上げつつ管理することは至難の業、大学は責任をもって再教育しなくてはなりません。コンプライアンスと唱えるだけで、捏造が無くなるほど、この問題は甘くはありません。懲戒解雇で例外を除くだけで問題は解決しないのです。
 最後に、ヒトiPS細胞とヒトES細胞の臨床応用を議論する今年最後のBTJプロフェッショナルセミナーもおかげさまで残席が少なくなってまいりました。是非とも下記のサイトにアクセスし、お早めにお申し込み願います。
http://bio.nikkeibp.co.jp/bio/seminar/101221/
 どうぞ今週もお元気で。