東京は冷え込んでいます。これで我らが誇りであるイチョウも黄色を深めると確信しています。今朝も午前6時でも真っ暗でしたが、日長が短くなるのとは反対に、黄色く転じたイチョウが街路を照らす夕方も乙なものです。
 さて、武田薬品が米Genzyme社買収か?という報道が11月15日に米国で流されました。武田が正気であれば、今度は破格の価格で買収したMillenium Pharma-ceuticals社の轍は踏まないと思います。むしろ、これは買収価格を吊り上げるためのリークである疑いがあります。第一三共が米Pfizer社の陰に怯えてインドのLambaxy Laboratories社の買収を急がされたことを思い出します。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/5142/
 その根拠は、米Genzyme社は自身の買収妥当価格を89ドル/株としており、現在敵対的買収を仕掛けているフランスsanofi aventis社の買収提案価格、69ドル/株との乖離が大きいことです。今回、わざわざ武田と82ドル/株で交渉を開始したと報道されたことも極めて怪しい。当然のことながらGenzyme社はこの件について、何らプレスリリースを行っていません。もし仮に武田薬品が交渉しているとするならば、sanofi aventis社に89ドル/株から値引きする余地を示し、価格を吊り上げて、武田とsanofi aventis社を競わせる戦略である疑いも出てきます。
 Genzyme社は遺伝子診断部門を売却し、自社株を購入するなど、株式価を上げる必死の努力を一方で繰り広げております。半年以上買収交渉が長引いており、通常は第三者がホワイトナイトとして登場、Genzyme社を友好的な買収(Genzyme社の買収希望価格を上回る株価で買収)を行って一件落着となるのですが、そんなホワイトナイトは現在のところ新聞で名指しされた武田以外現れていません。当然、買収に名乗りを上げた企業は多数あったのでしょうが、Genzyme社が主張する法外な価格を飲んだ企業はいなかったのです。多分、創業からGenzyme社を経営してきたHenri Termeer最高経営責任者は売却したくないのが本音ではないでしょうか。
 但し、Genzyme社も脇の甘さがありました。製造プロセスの問題で、ライソゾーム病治療用の一群の組み換え酵素製品の供給不足を引き起こしました。武田と合弁で組み換えたんぱく質の製造プラントを刷新し、Genzyme社は経営の独立を守り、武田はGenzyme社の組み換えたんぱく質製造技術と組み換えたんぱく質の製造拠点を確保するというのが、最適の戦略かも知れません。一部、Genzyme社の株式を持ち、買収された時に、合弁企業の株式も高価格で引き取る契約も結べば完璧です。
 しかし、再生医療の技術革新も起こっていることも勘案する必要があります。ライソゾーム病の組み換え酵素補充療法は年間2000万円以上のコストが必要ですが、ヒトES細胞由来の肝臓細胞などが、こうした酵素群を生産できる可能性もあります。再生医療が可能なら、投薬の手間が面倒で高額な酵素補充療法を将来は置き換える可能性があります。
 ここでやっと個の医療です。昨日、国立成育医療研究センター研究所生殖・細胞医療研究部生殖技術研究室長の阿久津英憲氏とインタビューしたのですが、その折にヒトES細胞とヒトiPS細胞の株間の多様性を議論しました。ヒトiPS細胞の多様性は、初期化の過程のエピジェネティックな記憶の消し残りの多様性で大部分説明できそうですが、実は4/3因子導入による初期化のプロセスの無いヒトES細胞でも分化や増殖に多様性が存在します。こうした多様性が、ヒトES細胞やヒトiPS細胞を再生医療で実用化する場合の大きな関門となる可能性があります。
 「Harvard大学では100株以上、ヒトES細胞が樹立されている。その中には同じカップルの凍結受精卵から樹立した複数のヒトES細胞株もある。こうした株の遺伝子発現プロファイルを比較すると、カップル毎にクラスタリングできる」と阿久津氏。つまり、ヒトES細胞の多様性はカップルの持つ遺伝的な多様性に依存しているというのです。受精卵が持つ遺伝的なバックグラウンドが多様性の原因である訳です。iPS細胞はこうした遺伝的なバックグランドの多様性×初期化によるエピジェネティックスの多様性によって、性質がバラツクのです。
 しかし、こんなことを議論できるまで、科学は急速に進歩してきました。理解できれば、品質管理も可能となります。今朝送信した号外でもお知らせいたしましたが、ヒトES細胞やヒトiPS細胞の再生医療も実用化が見えてくる時代となったのです。また、宣伝ですが、今回のBTJプロフェッショナルセミナーは、最高の講師とパネリストを揃えることに成功しました。皆さんと万能細胞を駆使した再生医療の近未来を議論したいと希望しております。どうぞ下記から詳細にアクセスの上、お早目にお申し込み願います。
http://bio.nikkeibp.co.jp/bio/seminar/101221/
 冷え込みます。今週もご自愛願います。