現在、オーストラリア、クイーズランド州Brisbaneに滞在しています。川の南岸の新開地のカンファレンスセンターでTRX10というトランスレーショナルりサーチの国際会議の取材です。
 なんと豪ドルがほぼ100円とかつてこの国を訪れた時の2倍になっておりました。日米欧の工業国が軒並み経済不振にあえいでいるを尻目に、オーストラリアやブラジルなどの資源国がいかに急成長しているかを、実感させます。Brisbaneも大型クレーンがにょきにょきと生えており、建設ブームそのものです。
 国民生活の質の低下と所得の低下のため実感が伴わない円高は実は、ドル安、ユーロ安に過ぎず、他国の貨幣については価値を下落させているが、我が国の円高の実体です。欧米が通貨切り下げによる輸出振興策で、経済を立て直したら、あっと言う間に円は実態に戻ると思います。成長の停滞とかりそめの円高で我が国に企業が、一斉に海外投資に走り国内への投資が外資も含めて低調であることが、現在の火急の問題です。実際、テニスのブリスベーン・オープンのスポンサーに、レクサス(トヨタ)、パナソニックなど日本の企業が名を連ねますが、全日本テニス選手権はサントリーや米国の保険会社がスポンサーを降り、今や楽天とカップヌードル、そしてコロナビールなど、日本のマルチナショナル企業の姿は消えてしまいました。
 我が国の多国籍企業や海外の企業に、もう一度、我が国に投資させる環境を作り上げるために、我が国の政府は減税や科学研究や人材の教育への投資など、魅力あるイノベーションの基盤整備を一層進めなくてはなりません。子供手当という名目で、国民にただばらまくだけの無策は再検討しなくてはなりません。現在、TRX10で議論されているトランスレーショナルりサーチも、ある意味では国のインフラ整備であり、このインフラをいち早く手に入れた国家や地域が、全世界の臨床研究を呼び込み、バイオによる技術突破を雇用や国民の健康として享受できるのです。
 我が国では臨床研究と臨床試験の区別を付けていますが、当地での議論のトランスレーショナルリサーチはGLP、GMP、GCPをいかに満たして実際の医薬品の申請が可能な質の高いデータを得るかに、議論の焦点がぴったりと合っています。
 日本の医療機関が行っている臨床研究は、もし医薬品や新しい医療手技の開発に直結しないなら、単なる遊びに過ぎません。患者にリスクを冒させながら、ただ論文を書くための研究はもはや倫理的にも許されないと、私は思います。患者のリスクを最小にするためにも、GLP、GCP、GMPを満たすことが、我が国の臨床研究にも要求されます。もし、それが出来ないというなら、患者を対象とした臨床研究は止めるべきです。
 我が国の政府がトランスレーショナルリサーチの基盤整備を進めていますが、相変わらずハードばかり。また大学の臨床研究に、我が国の薬事法の基準を必ずしも満たさなくても良い甘いプロトコールを認めるような組織的対応をしていては、100年経っても日本は世界のトランスレーショナルリサーチのインフラに追いつくことはできません。
 人材や資金不足を理由に、大学や医療機関での臨床研究の基準を我が国の薬事法の要求水準を満たさなくて良いという議論は、もう通用いたしません。各国が整備しつつあるトランスレーショナルリサーチの基盤は、米国食品医薬品局にも申請できる臨床試験データを生むことが目的です。
 トランスレーショナル研究が進まない原因は、研究成果がなかなか論文にならないことと、研究にマウスよりはるかに膨大な資金が必要なこと、そしてトランスレーショナルリサーチの成果を企業化する営業力の不足にあります。国際的にもこれは共通でした。我が国の基盤整備はこれら3つの問題を解決する総合的な政策になっていない重大な欠陥があります。各省庁、そして文科省の部局間の政策の整合性がまったく取れていない。多分、こうした政策の総合的な調整は行政では不可能、国会の機能が要求されます。そろそろ真剣に臨床試験の患者保護とトランスレーショナルリサーチ振興法案を策定すべき時期であると、豪州で確信いたしました。
 個の医療にも、トランスレーショナルリサーチの基盤整備は重要です。個別化すればするだけ、市場は当然のことながら縮小し、製薬企業が開発に躊躇することが増大します。このジレンマを突破するためにも、効率の良いトランスレーショナルリサーチが必要です。特に、今後、疾病概念が疾病の原因分子によって再分類される可能性が濃厚であり、個の医療の成功を担保するために、迅速な適応拡大を可能とする臨床試験がどうしても必要になります。カナダやオーストラリア、シンガポールの動きを見ていると、もはや個の医療の実用化を加速する臨床試験基盤整備の国際競争も始まったと、手が汗ばむようなあせりを感じます。
 日本政府や自治体も、我が国大学や医療機関も、そして患者も、この事実に目覚めなくてはなりません。
 TRX10で昨日発表された、遺伝子変異に基づき、片頭痛を予防するサプリメントの臨床試験が成功したことを報道しました。個の医療は個の予防へも拡大していました。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/4203/
 どうぞ皆さん、今週もお元気で。