現在、那覇に向かって飛行中です。丁度、紀伊半島を通過中ですが、厚い積乱雲のような夏雲に阻まれています。鰯雲の期待が見事に裏切られて、一体、この国のどこに秋は隠れているのでしょうか?
 唯一、TVで見るスポーツだけが、次々と終盤戦を迎えて、季節を感じさせるだけ。狂った世の中です。週末にテニスの楽天オープンの決勝を観戦して、夜の飛行機でゴールドコーストに向かいます。お願いだから、生ナダルを拝ませていただきたい。ギャラだけ鷲掴みにして、途中棄権だけは、ご勘弁です。
 現在の出張は開学が2012年に迫った沖縄科学技術大学院大学(OIST)の開学プレイベントに招かれているためです。地元沖縄と、世界中からバイオクラスターの関係者や、ベンチャー企業の創業者が顔を見せます。この大学を中核に、バイオクラスターを形成できるのか?瀬踏みして参ります。
 先週大塚製薬と第二の戦略的提携を結び、順調に、しかも急速に成長しつつある、アキュセラの窪田社長に、OISTでお会いできるのも楽しみです。BioJapan2010ではお互い同じ時刻のセッションに参加していながら、壁一枚に阻まれ、挨拶もできませんでした。先ほど羽田でインタビューした九州大学発のベンチャー企業、アキュメンの鍵本社長といい、30代の若きそして本物の企業家達が、とうとう育ってきたのが、心から嬉しい。鍵本氏は5年前に些細な管理ミスからフェーズ?臨床試験を断念、リストラを乗り越えて、とうとう今夏、我が国のバイオベンチャーとしては初めて、自社開発製品を欧州で販売することに漕ぎつけました。やっと投資家に顔向けができると語る鍵本氏は浮かれる様子一つなく、格安航空券で本拠地の福岡に舞い戻りました。
 鍵本氏や窪田氏など、苦労を重ねた彼らには、大学発ベンチャーブームでお祭り創業したなんちゃってベンチャーの社長にはない、国際市場で通用する人間的迫力と辛酸を味わった人間の優しさ、そして失敗を転嫁しない真摯さがあります。彼らなら、世界中どこでも、どんなことがあっても、何回も立ち上がり、バイオの技術革新を社会の幸福に結び付けてくれるはずです。
 日本のバイオ産業も結局、こうした本物の世代が育って初めて、離陸するのです。5年ほど前に、大阪で大企業出身者でバイオに関連していた聴衆を前に、我々の世代は本物のバイオのアントレプレナーを誕生させるための肥やしになりましょうと、失礼を省みず、申しあげたことがありました。今、彼らに会って、ベンチャーの砂漠だった我が国に本物のベンチャーが力強く、発芽したことを実感します。少しはましな肥やしになれたのかも知れません。
 さて、個の医療です。
 まずは、御礼を。先週、横浜で開催したBioJapan2010に皆さんお越しいただき、大変ありがとうございました。おかげさまで、参加者数は前年を上回り、着実にバイオの産業化を加速するオープンイノベーションのプラットフォームとして成長いたしました。この展示会の主役は、製品や機械ではなく、皆さんのようなアイデアに富んだ人間です。結局、人間の出会いからしか、技術革新は起こらない。来年もどうぞ、BioJapan2011で皆さんのご来場をお待ちいたします。
 BioJapan2010では、10月1日午前中のセッションで、「個の医療の最前線--日本と米国で何が起こっているのか?」をテーマに、東京大学医科学研究所中村祐輔教授と米Life Technologies社の最高執行責任者Mark Stevenson氏に講演をいただきました。
 米国の状況で最も驚いたのは次世代DNAシーケンサーによる患者のゲノム全解読がどんどん進んでいることです。こうした全ゲノム精密解読データを疾患リスクや副作用のリスク解析に丸ごと活かそうという発想です。
 「今年の年末に第二世代DNAシーケンサーの新型機を発売するが、そうなればヒトゲノムの全解読は1000ドルでできる」とMarkさんは断言しました。空耳でなければ、今の為替レードで8万3000円で解析できるというのです。勿論、臨床診断に使える精度まで解読できるのかなど、本当はまだまだ問題はあるでしょうが、我が国の健康保険でも手に届くところまで全ゲノム解読のコストが下がりつつあることを実感させました。同社は、バイオの研究試薬や研究機器企業から、第2世代のDNAシーケンサをてこに診断機器企業へと変貌を測っています。
 しかし、問題はそんなに簡単ではありません。実際、Markさんも、疾患関連遺伝情報を知った場合と知らない場合で、医師の処方行動が変わったかどうかという調査を示しましたが、ほとんどランダムに医師は反応しているだけでした。今や米国では1800種以上の遺伝子検査が臨床で使用され、毎週、その数が増加しているという状況にあるのに、患者さんの遺伝情報を正しく咀嚼して、医療が米国でも行われていないのが実情です。
 まして、膨大な患者のゲノム情報をどうやって医療で役に立てるのか?まずはゲノム情報から、臨床上重要な情報の抽出が必要です。つまり、処方や治療選択を左右する情報が得られ、それが臨床試験で実際に確かめられる必要があるのです。単なる実験室での発見ではなく、数多くの患者さんが参加した臨床研究でエビデンスを蓄積する必要があります。
 Life Technologies社は、患者の全ゲノム解析の臨床的有用性を証明するため、米国のアリゾナ大学のベンチャー企業TGen社と提携、14名の難治性のトリプルネガティブ乳がんの患者の全ゲノムを解読、その情報に基づき、治療選択を行うことで、病態悪化までの期間を30%延長できないか、臨床試験を着手しました。丁度、最初の登録患者をゲノム解読している最中です。
 また、TGen社、US Oncology、米Scripps研究所、米Fox Chase Cancer Centerなどと共同で、がん種を問わずがん患者100人の全ゲノムを解読、ゲノム情報を解析し治療選択に関するオプションを受け持ち医師に戻し、がん患者の治療成績にどんな影響を与えるか、臨床研究にも着手しました。
 既に、米国の個の医療は患者のゲノム情報を基盤とする次世代に、急速に移行しつつあるのです。現在、Obama大統領が急速に普及させている電子カルテと全ゲノム解読が結び付いたら、米国の医療はゲノム・デジタル医療とも呼ぶべき、新次元に突入することは明白です。
 我が国では企業や医療機関の思惑で、全国で統一された電子カルテはなかなか実現しそうにありません。シンガポールは2011年に全国民の電子カルテを完成いたします。これからの個の医療は、バイオや医療だけではなく、ITC、ナショナルセキュリティコード、個人情報の取り扱い、国民や医療関係者への教育、そして民間保健や国民健康保険制度など、総力戦となる様相を呈して参りました。皆さんの大切な税金を、無駄なく、迅速に、皆さんの健康に結び付けるために、国家レベルの個の医療のビジョンと実行計画の策定が必要なのです。是非とも、これは内閣府主導で実現していただきたい。今の政権が、何か一つ良いことをしたと、歴史に刻むためにも。
 丁度、皆さんがこのメールを読む頃には、OISTの第一回シンポジウムのパネルディスカッションを無事終了、羽田に向かう飛行機の中であると思います。本当に無事終了いたしますか?15分後に始まります。
 どうぞ皆さん、今週もお元気で。