甲子園と毎日、練馬で38℃といったニュースをTVで見ていると、まだ秋は遠いと思いこんでしまいそうですが、確実に季節は進んでいます。朝晩の風の感触は既に秋の前触れを含んでいます。やがて空の蒼が秋の青に変わるでしょう。もう、夜の虫たちの主役は、アオマツムシに交替しています。
 じりじりと陽に焙られていても、時は流れゆくのです。
 さて、バイオでも時が重要な意味を持っています。
 2010年7月30日、とうとう米食品医薬品局(FDA)はヒトES細胞由来の脊髄損傷治療薬、GRNOPC1(ヒトオリゴデンドロサイト前駆細胞)の臨床試験差し止めを解除しました。今まで、2回も臨床試験差し止めを行っていたため、報道は2週間待ちましたが、今回はどうやら臨床試験フェーズ1に入りそうです。
 米Geron社は、09年1月に新薬臨床試験認可(IND)を獲得しており、苦節1年半以上の苦闘を続けたことになります。しかし、ヒトES細胞から分化を誘導した初めての細胞を、患者さんに移植するのですから、相当な安全性の確保が必要であることは、皆さんも納得していただけると思います。
http://www.geron.com/media/pressview.aspx?id=1229
 GRNOPC1の臨床開発のハードルは、使用する細胞の品質管理でありました。これは細胞の可塑性も含めて、再生医療の最大の壁として立ちはだかり続けるものです。同社の説明によれば、マウスの動物実験でGRNOPC1を移植した部位に、あるロットのGRNOPC1で嚢腫が多数発生したことが原因でした。同社は、嚢腫の発生を予測する細胞分化マーカーを決定し、ロット管理することによって、FDAが抱いた副作用や細胞の品質のばらつきに対する疑念を解く努力を行いました。動物実験の結果も嚢腫の発生数を抑止できた結果、今回の臨床試験解禁に繋がったと発表しています。
 今年1月に千里ライフサイエンスセンターで開催されたセミナーに参加した、米国カリフォルニア大学Irvine校Hans S. Keirstead准教授に、8月にもGeron社は臨床試験可能となると聞いており、今回の発表でそれが裏付けられました。
 しかし、よくよく聞いてみると、GRNOPC1(オリゴデンドロサイト前駆細胞)に混入し嚢腫形成の原因と目されているのが、オリゴデンドロサイト前駆細胞よりももう一段未熟なグリア前駆細胞であったことが分かりました。この細胞はオリゴデンドロサイトだけでなく、アストロサイトにも分化する能力を維持しています。つまり、ヒトES細胞に分化誘導をかけて、分化細胞を誘導すると一口にいっても、分化段階を揃えた均一な細胞を開発することは容易ではないということです。
 最終分化した細胞よりも、ちょっと未分化性を残した前駆細胞の方が、移植された場所で適応でき、再生医療に好適であると期待されていますが、前駆細胞がどこまで安定かは疑問です。分化したり、あるいはもう一段未熟な段階へと脱分化する可能性もあります。そもそも細胞を集団で維持する場合は、酸素分圧などの微妙な勾配が影響して、細胞の多様性が誘導される可能性があります。今週の末にも、環境条件による細胞のこうした可塑性を示す研究が発表される見込みです。
 では、Geron社は細胞医薬、GRNOPC1の品質管理をどうしているのか?
 いろいろ取材してみると、細胞の分化マーカーを目安に、GRNOPC1を品質管理しており、ロット毎に抽出した細胞を染色し、未熟な前駆細胞の混入をチェックしています。そして、もし混入が認められた場合は、そのロットを廃棄することで、フェーズ1臨床試験用サンプルを調整しているらしい。
 つまり、まだ工業的にいつでも同じオリゴデンドロサイト前駆細胞を製造することはできず、まるで有田焼の名匠と同様に、出来の良い細胞だけを使用し、残りは棄てているのです。
 細胞の標準化、そしてある程度の幅に収まるほぼ均一な細胞を工業的製造する技術開発は、たとえGeron社がヒトES細胞由来の分化細胞で世界初の臨床試験を行ったとしても、尚、大問題として再生医療の実用化に横たわっていることを認識しなくてはなりません。
 こうした製造技術こそ、我が国の物づくり企業の出番ではないでしょうか?
 ただし、細胞は難敵です。覚悟を決めてバイオに参入いただきたいと思っています。
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 さて、コンセンサスエンジンにアクセスなさいましたか?
 当面は医師限定ですが、7月21日からこのバーチャルな議論を公開しました。閲覧は医師限定ですが、どうぞ下記よりご登録願います。「コンセンサスエンジン消化器がん」というのが、現在開発中のメディアの正式名称です。
 8月22日には「大腸がん治療ガイドラインの功罪」というテーマで弁護士さんも入れて、白熱の議論を予定しております。公開は9月半ばです。どうぞご期待願います。
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 今週も世界は動いています。皆さん、お元気で。