東京の暑さに茹だっている間に、あっという間に月日は過ぎ、8月も目前となって参りました。現在、のぞみで大阪に移動中です。本日はやや過ごし易くなっていますが、相変わらず陽の光は強烈で、景色が一段とくっきり見える気がします。
 BTJ/HEADLINE/NEWSでも伝えましたがが、2011年度の予算編成方針で各省庁の予算一律10%カットが決まりました。閣内に造反が出るなど、大騒ぎしておりますが、この財務省の手法はかつてはシーリングと呼び、自民党政権以来の手法を踏襲したに過ぎません。今回は10%と大幅だったことと、仕分け作業で水膨れの予算を絞った後で、また絞ろうとしたため騒ぎが膨らんでいます。が、たゆまぬ合理化努力によって経費を削減し続けることは国として当たり前のことだと思っております。
 運営費交付金、10-8%カットを示され、「大学を潰す気か」と眉を逆立てる関係者も多いのですが、これを潮に、文科省支配から手切れする好機と捉え、今までは、お題目に過ぎなかった大学の自治を、大学の経営の自由獲得へと結び付けなくてはなりません。昨年まで課されていた運営費交付金毎年1%カットというのは、今から思えば、文科省の温情だったのかも知れません。しかし、いらぬ情けが大学が改革に本気になるきっかけを失わせ、事態の悪化を進行させたことは忘れてはなりません。国も経費カットだけでなく、大学の整理再編成を合わせて示し、我が国の高等教育制度の抜本改革を行うべきだと思います。ジリ貧からの脱却です。
 さて、個の医療です。
 2010年7月7日に、米Genentech社が「trastuzumab-DM1」(T-DM1)の販売承認申請(BLA)を米国食品医薬品局に提出しました。これは個の医療が新しい段階に入ったことを示す医薬品の先駆けとなる可能性があります。定性的な個の医療から定量的な個の医療への転換が始まろうとしているのです。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2007/2357/
 T-DM1は、乳がん特異抗原HER-2と結合する組み換え抗体「Herceptin」に対して化学的に抗がん剤(マイクロチューブル形成阻害剤)DM1、2分子を結合させた免疫複合体だ。今回のBLAは同社が実施したフェーズIIの臨床試験成績に基づいて申請された。好成績が得られたので、フェーズIIIを待たずにBLA申請が認められました。
 Herceptinは既に、HER-2陽性の乳がんの標準治療として定着している。実際にはHER-2陽性乳がんの2割から3割の患者さんにしか、有効ではない。T-DM1はこの壁を破る新薬である。Herceptinと標準的な化学療法が奏功しなかったHER-2陽性の乳がんを対象として認可を申請しています。
 何故、T-DM1は同じHER-2と結合しながら、Herceptin無効例に効果が期待できるのか?その理由は、Herceptinが乳がん表面に充分量HER-2を発現している乳がんには効果があるのだが、HER-2の発現量が不足している乳がんには効果が不足すると推定されているためです。実際には、HerceptinがHER-2と結合し抗原抗体複合体が形成されると、T細胞や補体がその複合体に作用して、抗体依存性細胞障害作用(ADCC)や補体依存性細胞障害作用(CDCC)を引き起こし、がん細胞を攻撃すると推測されています。勿論、HER-2は上皮細胞受容体ファミリーの受容体なので、Herceptinによって増殖シグナルも断たれる可能性もあります。HER-2の発現量が不十分な乳がんでは、ADCCやCDCCが充分発揮されず、HER-2陽性でもHerceptinの抗がん効果は低下すると考えられています。
 この欠点を補うべく開発されたのが、T-DM1だ。HER-2の抗原量が不足しているHER-2陽性の乳がんにも抗がん作用がある。HER-2陽性の乳がんの約4割に効果があると言われています。半分はHerceptinでも治療効果がある患者だが、T-DM1は折角HER-2陽性と診断され治療効果の無い患者を救うことができるのです。米Genentech社は19億ドルを売り上げる大型新薬になると表明したが、Herceptinの売上と比べ、これは控えめな評価であると思います。
 T-DM1はHerceptinとは異なる作用で抗がん効果を示します。実はHER-2という表面抗原は、ここに結合した物質を素早く中に取り込むたんぱく質でもあります。このHER-2の性質を利用して、HER-2と結合したT-DM1をわざと細胞内に取り込ませることに成功したのです。この結果、抗体としては作用しませんが、一緒に送りこまれた抗がん剤DM1が、乳がん細胞の中で作用、がん細胞の増殖を阻止するのです。
 実際、T-DM1は我が国でも臨床試験中であり、それに関与した医師は「抗体と結合してがん細胞に的を絞って送り込むことによって、化学抗がん剤の副作用を極めて軽減できた。抗体医薬の次の展開だけでなく、抗がん化学療法の次の展開としても重要なステップだ」と評価しています。
 いよいよがんのミサイル療法として、抗がん剤や放射性同位元素を結合した抗体の本格的な実用化が始まったのです。個の医療から見れば、個別化医療の標的となるバイオマーカーの数が不足して治療効果がなかった患者さんをも、治療対象とする医薬品の登場です。
 今後、個の医療はバイオマーカーの有無を問う段階から、バイオマーカーの数と、治療選択を結び付ける、定量的個の医療の時代に入ったと、私は確信しております。
 
 さて、コンセンサスエンジンにアクセスなさいましたか?
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https://bioce.nikkeibp.co.jp/consensusengine/
 今週も世界は動いています。皆さん、お元気で。