現在、上海に滞在しております。中国語でワールドカップを見るというのも一興です。正直なところ深夜に北京から上海に移動中で、丁度、日本対パラグアイ戦は機上というなんともどうしようもない状況です。このメールが配信される頃は決着がついているはず。ただ祈るのみです。
 中国の保険医療改革が急速に進展していることは、日本ではあまり報道されていません。これを読んでもまだ、Obama大統領の保険医療改革と誤解している読者も居るのではないでしょうか?昨年から5年計画で皆保険制度を中国は導入を目指しています。奇しくも、皆保険の日本を挟んで、太平洋の両国が皆保険制度に移行し始めました。16億人もの皆保険制度が誕生します。
 まったく空前絶後の医療制度改革が地球で起こり始めています。しかし、それでは今までの新薬のブロックバスターモデルが通用するといのは大誤解です。今後、市場拡大するのは間違いなく価格の安いジェネリック医薬品と、個別化された新薬つまり個の医療の二極化が始まるのではないかと思います。中国の空気を吸って、それが確信に変わりつつあります。日本の製薬企業も業界再編成とビジネスモデルの変更、そして新薬を生み出すバイオベンチャー育成に拍車をかけないと、この猛烈な変化に取り残されることは必定です。
 
 今週の日曜日の夜に2時間、大腸がんの専門医とバーチャルな討論会を開催し、今月Chicagoで開催されたASCOでの発表成果を議論しました。2時間の活発な議論がウェブで展開され、誠に勉強となりました。本音の議論はいつも刺激的です。
 現在構築中のコンセンサスエンジンのビジネスモデルは、ポストインターネットです。インターネットによって、皆さんが情報発信できるようになった結果、情報量が爆発し、皆がアクセスできる期待感は膨張したのですが、情報はエントロピーの関数であります。乱雑な量の増大は、かえって真の情報から遠ざかり、情報を得るコストが増大します。現状ではコストは幾何級数的に増え、私たちは情報の海で溺れてしまうでしょう。コンセンサスエンジンは、そうした状況を変えるトライアルです。皆さんも是非ともご参加願います。
 当面は医師限定ですが、7月21日からこのバーチャルな議論を公開します。公開後1週間は質問も受け付けておりますので、医師の方はどうぞ下記よりご登録願います。「コンセンサスエンジン消化器がん」というのが、現在開発中のメディアの正式名称です。
https://bioce.nikkeibp.co.jp/consensusengine/
 さてその議論ですが、抗EGF受容体抗体セツキシマブと化学療法の上乗せ臨床試験、N0147が失敗しました。セツキシマブが有効なKRAS野生型に対して化学療法を併用してその効果を見ましたが、まったく優位差はなく、むしろ70歳以上の高齢者では、悪影響すらありました。ASCOでは落胆が大きく、皆溜息をつくばかり。何故、当然効果が期待できる化学抗がん剤と抗EGF抗体の相乗効果や創加効果が全くないのが何故か?皆が頭を抱えています。
 抗EGF受容体抗体が、がん細胞に作用して、抗がん化学療法耐性を獲得させるのか?臨床試験を取りまとめた研究者は、何らかのがんの変化が抗体によって誘発されたのではないかと疑っています。また、抗体療法が化学抗がん剤の投薬量の耐用性を下げるのか?この謎を解くことが、次の抗がん抗体医薬の臨床開発拡大の鍵を握っています。私の勘に過ぎませんが、このメールで何回も議論してきましたが、シグナル伝達阻害剤の標的薬による耐性獲得が突然変異だけでなく、シグナル伝達ネットワークの適応にある可能性があります。私たちの次の課題は、この適応状態を示すバイオマーカーを探索することです。
 コンセンサスエンジンでもう一つ重要な議論は、セツキシマブの臨床試験で、約10%の極めて有効な患者群が存在し、これらの患者の治療成績が全体の成績の底上げをしていることが明らかになりつつあることです。これは同じEGF受容体を標的とするパニツマブでも同様でしょう。もし、私たちが著効を示す患者群を選別するバイオマーカーを発見できれば、抗EGF受容体抗体の治療成績の解釈は劇的に変化するでしょう。
 抗EGF受容体抗体療法は、個別化すれば極めて意味があります。著効を示す10%の患者を見つけ、手術適応により完治することも可能でしょう。英国の厚生省直属の医療経済的な分析を行うNICEが、他の標的医療やがんの抗体医薬は英国国営医療サービス(NHS)の保険償還の対象とすることに極めて冷たい態度を示していたのとは対照的に、抗EGF受容体抗体(セツキシマブ)の保険償還を認めたことは、まったく目利きであることを示しています。効果が合理的に説明できれば、保険償還は確実に実施されます。世界が皆保険に向かう今、ジェネリックと本当に効果がある薬、ただ血清コレステロール値などサロゲートマーカーを下げる薬ではありません、は生き残ります。つまり、ジェネリックと個の医療が、次の医薬産業のビジネスモデルであるということです。
 抗EGF受容体抗体の本来の力を示し、患者を救うためにも、KRASの突然変異以外に今度は著効を示すバイオマーカーの探索が不可欠です。現在のところ、注射部位の発赤が最もそれに近いのですが、できれば分子マーカーを見つけたい。しかし、細胞性免疫の状況を示すマーカーであるとするならば、単純な分子マーカーではありえない可能性もあり、悩ましいところです。
 個の医療は不可欠だが、実際に臨床的に使えるマーカーを手に入れるためには、尚、苦闘を繰り返す覚悟が要ります。
 今週も世界は動いています。皆さん、お元気で。