Parisは雨模様です。
 まるで実況中継のようですが、衛星放送の受け売り。残念ながらローランギャロスで開催中のテニスの全仏オープンには出張できませんでした。日没のため、翌日に延長したエナンvsシャラポアの試合が終わりました。肩を手術したシャラポアは完全復帰、引退から復帰したエナンも両者譲らない好試合となりました。ブレイク合戦を、試合巧者のエナンが最後に決定的なブレイクをし、自分のサービスゲームをキープして勝利を得ました。まったく凄い試合です。両者の気迫と技術を見ると、何故か元気をいただけるほどでした。
 さてバイオです。
 皆さんは、人工染色体がC.Venter氏らによって開発され、それが別の細胞の中で、機能し、細胞を増殖させたという報道を読んだのではないでしょうか?5月20日に、オンラインで論文発表(Daniel Gibson et al in the May 20th edition of Science Express)されました。
 掲載したScience誌でも人工細胞と表現していましたが、これはまだ正しくはないと思います。勇み足で人工生命と書いたメディアもあるかも知れませんが、これは全くの誤解です。
 ヒト・ゲノム計画の国際プロジェクトと競争して、ヒトゲノム解読に成功した、C. Venter氏が狙っているのは確かに生命の合成、合成生物学の樹立です。しかし、今回の論文発表は登山に例えれば、わずか3合目に到達しただけ。生命の合成にはまだほど遠い段階です。
 Venter氏が成功したのは、自立的に増殖する人工染色体の人為的な合成です。化学合成したゲノム断片を、大腸菌内、更には酵母内でつなぎ合わせ、巨大な人工染色体を合成、それをマイコプラズマの菌体内に導入することに成功したというのが事実です。本来のマイコプラズマの染色体と人工染色体は共存していますが、培養を繰り返して、選抜を繰り返すことで、人工染色体だけを持つマイコプラズマを選びだしました。つまり、人工染色体を染色体として置き換え、持続的に増殖する組み換えマイコプラズマを誕生させた訳です。
 これが何故、3合目なのか?
 理由は簡単で、受け手のマイコプラズマの細胞内にあるたんぱく質や機能性RNA、脂質などの構成成分、加えてミトコンドリアなどの細胞小器官を人工合成できていないためです。完全に人工的な要素だけで、生命を組み立てた訳ではないのです。これからの道が尚、遠いと私は思っています。但し、人工生命とセンセーショナルに欧米などで報道された結果、「人間は生命を合成して良いのか?」という議論が起こっています。今から、人工生命を作製し、社会に適合させる研究の倫理的な枠組みやリスク管理の枠組みを議論することは、極めて重要だと思っています。
 社会をびっくりさせて、感情的に研究を自粛しなくてはならない愚だけは、犯してはなりません。当面はバイオマスエネルギーやバイオリファイナリーで多数の遺伝子を操作した菌体が工業化されると思います。どこまで、私たちは安全性と社会の共感を得ながら、研究を進めるべきか?もう議論しなくては、ならないと思います。
 さて、Venter氏の人工生命開発の取材をしたのは、2007年の米国が最初でした。しかし、今回の論文で発表した基礎技術に関しては、この時点でほとんど目処が付いており、何故2年も遅れたのか?これが今回のニュースに触れた感想でした。
 論文にも書いてありましたが、苦労してつなぎ合わせた人工染色体を最初、マイコプラズマに導入して選択培養しても、どうしても増えなかったようです。そこで、Venter氏らはその人工染色体を次世代シーケンサーで完全解読したところ、増殖に不可欠な遺伝子に突然変異が挿入されたいたことが判明、ここを修復したところ、増殖可能な人工染色体開発に結びついたのです。
 日本の合成生物学の研究者が、「すぐに全解読できる環境がうらやましい」とこぼしていたのが印象的でした。バイオの次のフロントである合成生物学にも、次世代シーケンサーは活躍しています。
 6月11日午後、品川でBTJプロフェッショナルセミナーを開催します。残席僅かですが、今回のセミナーでは第2世代シーケンサーの応用展開と、第3世代シーケンサーの我が国初の情報開示が行われます。先端研究に不可欠な道具となった、次世代シーケンサーの今を、皆さん是非とも一緒に議論いたしましょう。詳細は下記から。お早めにお申し込み願います。
http://bio.nikkeibp.co.jp/bio/seminar/100611/
 今週もお元気で。