現在、那覇で新産業創出研究開発支援の審査委員会に参加しています。何と半袖です。沖縄は20℃以上、初夏の爽やかさです。陰鬱な春が長かった東京から来ると、青い空、白い雲、乾いた空気、そして強い日射、緑深い植物、縮こまっていた心までほぐれていくようです。まさに、解凍されている感じです。
 アイスランドの火山のおかげで、世界中のヒト幹細胞やiPS細胞の研究者が、スウェーデンのStockholmで凍結されていましたが、先週の半ば以降の空港再開でやっと帰国の途についた模様です。Karolinska研究所の幹細胞国際シンポジウムの会期中に、アイスランドの火山が爆発、ヒト幹細胞やiPS細胞の関係者が閉じ込められてしまいました。再開されても、飛行機便の席の争奪は厳しく、山中教授もChicago経由で世界一周して京都に御戻りになったと聞いています。5月8日に予定されているiPS細胞研究所の披露には何とか間に合うようで、他人のことながらホッとしております。
 さてバイオです。
 「患者さんが絶望するがんセンターではなく、患者さんに希望を与えるようながんセンターになるように、研究所は縁の下の力持ちとなって支援する」
 金曜日の夜、辞令が交付されたばかりの、国立がん研究センター研究所の中村祐輔所長とインタビューを行いました。2時間もインタビューしましたが、結論は冒頭の発現に凝集されています。NHKの朝のニュースにも登場する中村所長に本当に縁の下の力持ちとなるのか?と念押ししましたが、堅い決意を示していました。
 従来の基礎研究と臨床研究が乖離していた状況を、何とか変革して、新しい抗がん剤や治療法の開発に貢献する旗を掲げました。マウスの研究に終始するのではなく、患者さんに成果を返還するトランスレーショナル創薬と、患者毎の遺伝的背景やライフスタイルに応じた個の医療を実現を目指すと、抱負を語りました。
 抗体医薬や分子標的医薬で全敗(アクテムラを除き)してしまった我が国の製薬産業に、喝を入れる新しい研究の流れが、独立行政法人となった国立がん研究センターの研究所から発せられることを期待したいと思います。勿論、国立がんセンターの研究所は歴史もあり、人員も研究員100数十人、総員200人程度の研究所が一体、新しいミッションに対して、どう心を揃えて動き出すかは、そんなに簡単なことではないでしょう。中村所長の奮闘に期待したいと思います。
 ベンチャーの活用が鍵を握っています。中村所長もオンコセラピーというベンチャー企業の創業者であり、研究所長なのか?ベンチャーの役員なのか?という利益相反に巻き込まれます。ファイアウォールが絶対必要ですが、「4月1日にオンコセラピーの役員を辞任した」(中村所長)と、身辺整理も行っていました。東大教授との兼任ではありますが、大きな覚悟を持って国立がん研究センターの研究所長に就任したと考えてよいでしょう。
 何よりも重要なことは、日本政府が国家戦略としてがん撲滅にどう取り組むかをもっと明確にすべきであると思います。独立行政法人となった国立がん研究センターが、どんなミッションを解決すべきか?これは理事長や研究所長の個人的な洞察力と意欲だけによって設定されるべきではないと考えるからです。
 現在でも3人に1人、高齢化によって将来は2人に1人ががんで死亡すると予測されている我が国にとって、がん撲滅の国家戦略は極めて重要です。昨年度、文科省のがん特定研究が終了しました。国立がんセンターの独立行政法人化も合わせ、今年は我が国のがん撲滅戦略を再検討する格好のタイミングだと思います。対がん10カ年戦略を早急に再検討し、厚労省、文科省、経産省など省庁を超えたがん対策の国家戦略を早急に策定しなくてはなりません。一刻一刻、がん死大国になりつつある我が国の最重要課題だと思います。中村所長のインタビューの詳細は今週Biotechnology Japanで掲載いたします。
 ところで、どうやら日本人で最初の全ゲノム解析データが近く我が国の研究者によって発表される見込みです。中国と韓国の後塵を拝しましたが、今や人間のヒトゲノム解読はルーチン作業になりつつあるのです。こうした研究の一端も、6月11日午後に、品川で開催する次世代シーケンサーのセミナーでも発表される見込みです。新しい技術革新のチャンスをつかむためにも、時間を確保願います。
 応募開始を始めました。下記のサイトからお申し込み願います。
 品川でお会いいたしましょう。
http://bio.nikkeibp.co.jp/bio/seminar/100611/
 皆さん、今週もお元気で。