京都は雨です。寒い。東京にコートを忘れたことをまだ悔やんでいます。
 鴨川に面した宿の庭のソメイヨシノが3分咲きです。暗い雨空に沈む東山を背景に、そこだけが浮かび上がります。雨の花見もまた素晴らしい。週末には皆さんも、春をご堪能いただきたい。
 さて、昨日のBTJ/HEADLINE/NEWSでも取り上げましたが、深夜に配信されたNY TIMES のメールニュースによれば、とうとうObama大統領が保険医療改革法案に署名を行い、法律の施行が決まりました。
 自由の国アメリカが、競争制約的な社会民主主義体制へと大きく転換したのです。しかし、表層はそう見えますが、実はその渦中に放り込まれる製薬企業やバイオベンチャーにとっては、従来の金城湯地の米国市場に、競争的な環境が誕生する矛盾した状況をも孕んでいるものです。Unmet Needsを解決する技術革新を実現できる企業か、徹底した低価格の医薬品や診断薬を提供できる企業しか生き残れない市場へと米国は大きく変わろうとしています。我が国の企業も、腰を据えて、どちらの道を選択するか、決断をしなくてはならないと思います。
 私の希望を言えば、低価格路線は中進国でのビジネスに譲り、国内の雇用の確保ば、是非とも技術革新で実現する戦略を取るべきだと考えています。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/9740/
 さて、個の医療です。実は、米国の保険医療改革の柱に個の医療が位置づけられていることは既にこのメールでもお伝えしました。Obama大統領は昨年8月にヒト・ゲノム計画の責任者であったF. Collins氏を米国国立衛生研究所の所長に指名、個の医療の学問的基盤を固めました。また、サブプライムショックによる経済立て直し策で電子カルテや医療情報のプラットフォームに1兆円を投入、個の医療の実現のために必要な情報ネットワークとバイオマーカー研究の融合に布石を売って来ました。
 今回の保険医療改革法案では個の医療という言葉は明確に打ち出されていないのですが、患者さんの保険加入前の状態を原因として、医療保険加入を拒否することを禁止するという非常な重要な条項が埋め込まれていました。既往歴や遺伝的な背景も当然のことながら、医療保険加入を拒否する理由とはみなされません。個の医療の実現には、個人個人が持つ遺伝情報によって、医療供給に差別が行われることを防ぐ社会的な枠組みがどうしても必要です。Obama大統領の英断は、個の医療を着実に実現するための、インフラを着々と成立しつつあります。今回の保険医療改革法案成立も、個の医療にとっては大きなプラスとなったと思います。
 ただし、患者さんの保険加入前の状態を理由によって保険加入を拒否することを禁止する条項は、小心で被害妄想の保険会社にとっては大変な責務となります。彼らが恐れているのは罹病リスクの高い人々が通常の人に比べてより保険加入するという悪夢です。保険会社が利幅を確保するための統計分布と異なることによって利益が棄損されることを恐れています。英国医療保険業界は、通常の人に比べ、1.5倍の罹患リスクのある疾患遺伝子を持つ個人は、政府によって医療を供給されるべきだと主張しています。
 しかし、JRの主要駅前のほとんどにある、巨大な保険会社の持ちビル群を見るにつれ、それが継続的な事業を保障する手段だとしても、普通の国民にはちと設け過ぎではないか?という素朴な疑問が沸き起こります。米国でも保険料収入の3割から4割が保険会社の手数料に消えているという批判記事もあり、今回の保険医療改革でも保険会社の経営に対して厳しい監視条項が盛り込まれています。サブプライムショックによる金融機関の腐敗に対する米国民の怒りも加わっているのではないでしょうか?
 主要な改革は2014年度からですが、いずれにせよ米国には新しい保険医療市場が誕生します。我が国の製薬企業も、そして保険会社や金融企業なども、新しい市場の渦の影響を受けざるを得ないと思います。さらに言えば、我が国も世界最高速度で少子高齢化し、医療供給でも崩壊しつつあります。我が国でも大胆な改革が必要であることは言うまでもありません。従来のように、新規ご法度で医療を委縮、劣化させてきた国の政策を大きく転換し、技術革新を積極的に取り込み、国民の健康寿命を延ばし、活力のある社会を持続的に可能とする国民皆保険制度を創造しなくてはなりません。
 それが国民皆保険制度のパイオニアである日本の国際的な責任でもあると、確信しています。実現には、皆さんの衆知を集め、利害を調整する必要があります。国民の中で本気の議論を巻き起こせる政治的リーダーシップが必要です。我が国でObama大統領に相当する政治家は誰なのか? 今のところ、嘆息しか出ないのが残念です。早く雨が上がらないものなのでしょうか?今週は歯切れ悪い幕切れです。
 どうぞ皆さん、お元気で。