現在、名古屋を過ぎたところです。本日はエーザイの頭脳、KAN研究所の取材とFINDSの第二期目の取材と打ち合わせなど、相変わらず過密スケジュールです。果たして宿の門限までに京都にたどり着けるか? これも一興です。
 東京は23日に開花宣言、この分だと今週の週末は満開か八分咲きの花盛りとなりそうです。もう南の方は花見を満喫しているのではないでしょうか?
 春は全ての変わりめです。
 中でも2010年3月21日は、アメリカが大きく変わった時です。ご存知の通り、Obama 大統領が政治生命を賭けた保険医療改革法案が米国下院で7票差という僅差で可決、本日にも大統領が署名して発効するためです。民主党のクリントン政権が成しえなかった、政治改革に成功したObama大統領は最近では珍しく戦争の名に関連付けられずに記憶される米国大統領となりました。
http://democraticleader.house.gov/
http://www.whitehouse.gov/health-care-meeting
http://www.phrma.org/news/news/phrma_statement_health_care_reform
 米国の国論は真っ二つに割れていますが、今までの個人の自由を堅守するあまり、社会的な不平等を放置していたとしか、我が国の国民からは見えない、米国が大きく変わろうとしています。既に欧米日本、そして中国(現在進行中)でもほぼ国民皆保険が達成されようとしているのに、米国は今まで頑なに国民皆保険を国民の自由を侵すものだと拒否していました。しかし、保険医療改革の議論は、米国でも100年近く議論されてきました。1912年に米国で公的医療保健制度の創出をT.Roosevelt 大統領が選挙公約に掲げたことが始まりです。ニューズウィークによれば、議会の公聴会はたった745回しか開かれていないと皮肉っています。
 これによって、年齢や医療費負担などによって民間保険会社から加入を拒絶されていた3500万人もの非保険者が救われます。ある調査によれば、年間4万5000人の米国民が無保険のために死亡しているという酷い数字まであります。MedicareやMedicaidなどの公的医療保険の充実と、民間の健康保険企業への支払いにあてるための所得減税によって、現在の健康保険加入率は、国民の83%から95%へ拡大する見込みです。義務化ではありませんが、中小企業などが従業員に対して医療保険を提供する支援も行っています。今後10年間で9400億ドルの資金を投入いたします。まさに本気の医療改革だと言えるでしょう。
 
 今回の改革が成功すれば、自由な競争を墨守していた米国が平等をより重視する社会民主国家へと成熟する期待を抱きます。しかし、反面これによって米国の放埓とも見える自由に対する魅力も薄れます。どうやって成熟と技術革新や社会の革新を可能とする自由闊達さをバランスさせるか?米国の次の問題が見えてきました。
 米国が風邪を引けば、肺炎となる我が国に製薬産業にも保険医療改革は大きな影響を与えます。まず、バイオ産業に大きな影響を与えるのは、今回の法案を通すために、製薬企業との妥協の結果、フォローオンバイオロジックス(バイオジェネリック)に対して、米国食品医薬品局が12年の独占使用与えることを認めたことです。確かに臨床試験が化学合成医薬品より必要だという製薬業界の言い分も分かりますが、これによって本当のバイオジェネリックの誕生までには、12年間の遅れがでる結果となりました。ホワイトハウスの説明では、医療技術革新を安価に国民の下に届ける方策の一環としてバイオジェネリックを取り上げていますが、ここに政治的な妥協の一つを見ました。実際の運用や新しい法が必要かも含めてまだ不明な点も多いのですが、全米製薬工業協会の主張では、現在の生物製剤の安全性や有効性を改良したが、そんなに物性を劇的に変えることはない生物製剤をBio Betterとして別枠で、12年間のデータ保護など権利保護を求めていましたので、今後、実施条件が明確になるにつれ、どこまで製薬企業に好都合となるか、見定めなくてはなりません。いずれにせよ、我が国のバイオ後続薬のガイドラインには、Bio Betterの概念がありませんので、早急に厚労省と総合機構は対策を練らなくてはなりません。Pichia酵母を宿主に、米Merck社が開発したヒト型糖鎖を持つエリスロポエチンの臨床試験フェーズ1を、我が国で万有製薬が着手したためです。
 今回の保険医療改革で、医薬品の売上は増大いたしますが、それでは製薬企業の収益は拡大し、米国市場を収益源とする日本の製薬企業の未来は安泰化なのでしょうか?
 私はそんなに甘くはないと思います。
 今回の法案は、我が国の政権と異なり、支出を膨らませる一方で、健康保険制度の持続可能性も追求し、支出増大シミュレーションを行っています。法案には当然のことながら過剰医療や保険会社、製薬企業のもうけすぎに鋭いメスを入れる条項があります。製薬企業は新薬のMedicareでの買い上げに対して、50%の価格引き下げを要求されています。また、ジェネリックの使用も政府が強く後押しをします。更に、保険企業などが価格の高い保険サービスで収入を上げる傾向を務めた場合、懲罰的な課税を発動することまでが定められているのです。
 米国の保険医療改革は、カーリングで言えば、ダブルテイクアウトを狙ったものです。国民皆保険と負担増加の抑制、一見不可能な矛盾した条件を、電子カルテなど医療情報基盤の整備、予防医療への資金配分拡大、それに個の医療化などで、実現させようとしています。医療の質の向上をも合わせて実現する野心的な計画です。お金がないと叫ぶばかりで、実行プランを提示しない我が国の現状とはえらい違いです。
 中でも、我が国のベンチャーや製薬企業にとって今後重要となるのは、PCORI(Patient -Centered Outcomes Research Institute)の創設です。これによって医療行為や医薬品の有効性を比較検証することを目指しています。英国のNICEのように、国の機関で英国の保険医療でカバーする医療行為を決定する権限を、PCORIは持たず、非利益団体として設立する計画です。
 
 法案では、医療のガイドラインや医薬品の使用制限などに、PCORIの研究結果は活用しないと、書かれていますが、Obama大統領の意図は明確です。今まで仲間同士のPeer Reviewしかなかった医療行為の評価に、患者や国民を代表する評価機関を介入させ、医療の中にある売り手と買い手の情報の均衡を可能にすることです。情報の均衡が成立して初めて、健全な自由競争市場が成立します。
 言葉は悪いですが、非劣勢試験に甘んじていて、柳の下の3匹目のドジョウを狙い、現在、繁栄を謳歌している我が国の製薬企業の首根っこが押さえられるということです。
 国民皆保険という競争制約的な米国の変化によって、Unmet Needsを解決する製薬企業やベンチャーだけが、生き残り、成長する真の自由競争に拍車がかかることは、まったくの皮肉ですが、これこそ我が国の医療医薬関係者が認識しなくてはならない、不都合な事実なのです。
 勿論、技術革新を起こせる企業にとっては、これほどのチャンスもありません。
 皆さん、一匹目のドジョウや鰻を掴みましょう。
 今週もお元気で。