本日は千葉大学で、第一回アントレプレナーシップ国際会議の取材を行っています。大学院の博士課程でどうやって技術革新や社会的なイノベーションを担う人材を養成するのか?世界中の大学から頭脳が集まり議論します。
 今まで日本では、大学院の博士課程は、アカデミズムの後継者を養成するためと認識されていました。つまり学問を継承する学者を養成することが暗黙の目的であると、大学も学生も、そして文科省も認識してきたと言って間違いないでしょう。現在でも、殆どの大学の教官はこう思っていると思います。
 しかし、大学院重点化とポスドク1万人計画による大学院生とポスドクの急増、加えて大学の若手教官の任期制の導入によって事態は一変しました。1991年から製造業主体の産業から知識産業へ国際競争が大きく変貌、旧共産圏の崩壊によって、多数の人材が一挙に資本主義の国際市場に流入したことも加わり、大学こそ知識産業のシーズを生み、また技術革新を担う人材を養成する機関であることを強く要請されるようになったのです。
 しかし、現実は博士難民が誕生する状況になっています。博士を活用することが我が国の社会ではできない状況が誕生しているのです。大手企業の受け入れ未整備とベンチャー企業群の未成熟、起業環境の劣悪さ、そして人口の少子高齢化が重なりあい、極めて厳しい状況となっています。今年は大学の学卒の就職率も、我が国の経済の落ち込みで氷河期を迎えており、就職難民が大学院を目指す傾向が現れています。しかし、こうした人材は決して現状では博士課程には進学しません。あいかわらず大学は社会に出る前の一時避難的な場所として、学生も認識しているためです。まして、就職率60%の博士課程には誰も進もうとはしません。この結果、博士課程の定員充足率は低下の一途です。07年の学校調査では、大学院の定員充足率は理学系59%、工学系64%に過ぎません。大学院重点化で定員を倍増したのに、現実はこの体たらくです。
 文科省も2006年からポスドク対策として、キャリアパス多様化支援事業、そして2008年からイノベーション若手人材養成事業に着手しています。キャリアパス多様化支援事業はポスドク難民を救う緊急避難的なプロジェクトで、全国12大学と研究独法が参加しました。この時点では大学当局が「ポスドクが何人在学しているのか?」をまったく把握していない酷い状況があり、この事業でやっとポスドクや博士課程修了者を幸せにしないと、大学院自体の空洞化が進むという危機感を、大学や研究独法が共有するようになりました。
 イノベーション若手人材養成事業では、企業の食わず嫌い、そして博士やポスドクの食わず嫌いを正すため、長期のインターンシッププログラムによって、企業に博士人材を派遣する試みがなされました。これによって、両者の認識の壁が低くなり、企業と大学の人材交流の道が形成されつつあります。今年もこれから第3年度目の審査が行われます。
 このメールの読者、中でも若手研究者の方が、昨年11月の事業仕分けで最も怒ったのは、ポスドクや大学院生に対する支援研究費を『失業対策ではないか?とばっさりと切り捨てた』ことではないでしょうか?これには若手の研究者や学会、そして企業も猛反発し、ゼロ査定から文科省が大幅に押し戻しました。
 それだけ社会が皆さんに期待している証拠です。
 「廃止と仕分けされたのに、新規予算を要求するのか?」と財務省も呆れた予算が、今年度から始まる実践型研究リーダー養成事業です。今日が募集の締め切りですが、高々年間2500万円程度の研究費しか確保できないのに、非常に多くの大学や研究機関が応募しているようです。この事業は、大学院博士課程の最大の問題であった、質の高い大学院教育のカリキュラムを開発するための資金です。リーダーシップと事業の遂行能力の涵養を目指しています。
 結局、この3つの事業を見ていると、我が国の大学の大学院は社会の要請に応える人材育成を行ってこなかったという欠陥が明白になります。リーダーシップを、そして研究や事業を展開するマネージメント能力を教えることができなかったということです。どんな科学研究でも優れた研究者は優れたリーダでもあります。この観点を欠いていたため、ひ弱な人材しか大学では養成できず、学問の世界でも国際競争に敗退しつつあるのです。まして、今、国際経済が急カーブを描いて、世界統一市場と知識産業化に対応しようとしている時に、我が国にイノベーションを創出する人材を用意できなかった。
 意図的な怠業とは言い切れませんが、大学が社会の変化や要請(悲鳴)にあまりに無関心であったために、我が国は大きな危機を迎えています。企業も勿論だらしない。海外の大学に国内の大学の2倍以上の研究資金を投入、研究費の輸出超過を続けていながら、我が国の大学の成長や改革に貢献しようとしなかったことを猛省しなくてはなりません、
 リーダーシップを養成するカリキュラムを、現在の大学の教官達では開発することも覚束ない状況を、企業の参画によって打破せざるを得ない状況です。これから企業と大学の間を人材が往復運動をしながら、相互の組織体を発展仕組みを作り上げることが、皆が幸せになる鍵を握っていると確信しています。
 今週も、どうぞお元気で。