今週はバイオ年鑑の執筆で東京に釘付けです。
 BioJapan2009の京都大学iPS細胞研究センターの山中伸弥教授の講演でも明確に指摘していましたが、iPS細胞の研究は第二段階に突入しました。
 ヒトiPS細胞の樹立方法がとうとうたんぱく質や染色体非組み換え型のウイルスベクター(センダイウイルスなど)で確立、早晩、低分子でも樹立できる目処がたちつつある状況と、p53のノックアウトなのゲノムのエピジェネティックスの修飾やTGFβ のシグナル伝達経路の阻害剤(下記の記事を参照願います)により、樹立効率の著しい改善も加わり、少なくともヒトiPS細胞を多数、製造できる技術基盤は整いました。
http://biotech.nikkeibp.co.jp/bionewsn/detail.jsp?id=SPC2009101868510
 皮肉なことに樹立方法が確立した後の第二段階には、iPS細胞の多様性に頭を悩まさなくてはならないという新たな問題が控えていました。
 多様性には、腫瘍原性もあり、再生医療にとってこの問題を何とか克服することが重要です。また、医薬品や化粧品の安全性試験や創薬のスクリーニングのために、iPS 細胞を活用する場合にもiPS細胞の多様性は悩ましい問題です。
 iPS細胞の標準株とは何か?培養途中に細胞株の性格が変わることをどう防ぐのか?いずれにせよ、学問的には個の医療メールでも指摘しましたが、ゲノムのエピジェネティックスの制御や異なる細胞のソースによって変わる細胞質中の転写調節因子のパターンなど、より詳細な解析も必要になります。
 現段階で次世代のゲノムシーケンサーはまだ、ゲノムワイドのエピジェネティックス解析を実現していませんが、この問題を解くことが、iPS細胞の研究は、これによって触発されて発展しつつあるヒトの細胞生物学の発展の鍵を握っていると確信しています。
 安全なiPS細胞から分化したヒト細胞株を得るために、山中教授は最先端科学研究支援プロジェクト(2700億円プロジェクト)で、全世界からiPS細胞樹立方法を集めて、iPS細胞研究センターがiPS細胞を樹立、その腫瘍原性などを比較検討する計画です。樹立法と細胞のソースを限定して、最も再生医療に適したヒト細胞をプロセス管理して、供給しようという構想です。最終的には異なるHLAホモの細胞株から50株程度のマスターiPS細胞株を樹立して、最医療のためのiPS細胞バンク樹立を目指しています。
 09年度補正予算の削減で、2700億円から1500億円に最先端科学研究支援プロジェクトが縮小しました。おまけに若手研究者にも支出されるため、当初5年間で90億円与えられる研究費は、平均30億円になる見込みです。「予算が足らなくても、何とかやり遂げなくてはならない」(山中教授)という意気込みで研究するようですが、文科省の予算で不足なら、厚労省が支援する必要があります。
 こうした研究は再生医療の橋渡しに絶対必要であり、むしろ基礎研究というよりは、厚生科学研究費こそ投入すべきではないでしょうか?できれば、医薬や生物製剤のプロである総合機構や厚労省傘下の研究機関の参画も望ましいと考えます。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/6104/
 勿論、iPS細胞の品質管理法に目処がついても、次なる課題は当然のことながら、安全性が残ります。iPS細胞やES細胞から分化誘導したヒト細胞を移植して、腫瘍の発生を評価するような動物モデルの開発が必要です。すべての細胞を、霊長類に移植して評価することは困難ですし、費用も膨大です。免疫不全マウスのより一層の開発進展を期待しています。
 さらに、どうやってiPS細胞由来細胞を移植すれば安全で効果的なのか?
 移植手術の手技や移植後の細胞のモニタリングの手法確立も不可欠です。
 個の医療メールを受けて、私のブログで九大の米満先生(遺伝子治療)と理研の高橋先生が、幹細胞由来の神経細胞に関する安全性の議論を行っています。下記のウェブマスターの憂鬱という私のブログの下の方でコメントをいただいています。プラクティカルに安全性を確保して、どういう手順で再生医療を行うべきか、こうした議論を深めていかなくてはなりません。
 12月21日午後にBTJプロフェッショナルセミナー「第二段階に入ったiPS細胞」を東京で開催いたします。どうぞ皆さん、日程を確保願います。
http://blog.nikkeibp.co.jp/bio/miyata/2009/09/204015.html
 「自家細胞移植には医療法を適用すると09年3月31日の閣議で決定した」
 BioJapan2009のシンポジウムで、国際医療福祉大学の阿曽沼元博教授が、こう明確に指摘しました。その結果、自分の細胞のiPS細胞を利用するか?他人の細胞由来のiPS細胞をのバンクを利用するか?で、片方は医療法、そして片方は薬事法の対象になるという、あいも変わらずの股裂き状態の再生医療となりそうですが、患者さんに移植する場合、安全性は何としてでも担保する必要があります。できれば生物製剤・細胞製剤を取り扱うための新たな立法が必要だと思います。バイオ医薬、iPS細胞や再生医療などの技術革新に薬事法や医療法の拡大解釈だけでは、もう限界ではないでしょうか?是非とも厚労省の関係者には、次年度年度の予算編成でてんてこ舞いでしょうが、それが終わったら、ご検討願いたいと思います。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/5940/
 しかし、iPS細胞の研究は急速に進展しています。
 「テロメレースが受賞すると思っていた、今年のノーベル賞の予測は当たった」と山中先生は周囲の期待に柳に風の様子ですが、いずれ時間の問題でしょう。神様に祭り上げられる前に、山中先生の実像を記録すべく、09年10月26日号の日経ビジネスに「決断の時」というコラムで記事を書きましたので是非ともお読み願います。
 私は一番大好きなエピソードでしたが、紙数の関係でデスクにばっさり切られた文章を掲載いたします。
 「最新の遺伝子破壊技術を米国で習得、意気揚々と96年に帰国した山中を待っていたのは、第二の挫折であった。山中が名づけたPAD(ポスト・アメリカ・デプレッション)である。
 日米のあまりの研究環境の差に、半分欝状態になってしまったのだ。
中略
研究者への思いを断ち切るため、山中は卒然と自宅を建てようと決める。収入が必要になれば、研究者を諦めざるを得ない。大阪近郊に土地を見つけ、明日本契約という日に、母親から電話を受ける。 「亡くなったお父さんが夢枕に立ち、慎重になった方がよいと言った」。
 「僕は夢枕を信じた訳ではないが、年老いた母親を哀れに思い、本契約をためらった」と照れながら山中は言う。
 偶然にもその土地は翌日売れてしまう。
 きっかけを失った山中は、次に雑誌の広告を見て、奈良先端科学技術大学院大学の准教授(当時は助教授)の公募に応募する。こねも無い。『これで駄目なら、研究者からきっぱり足を洗おう』という負の試金石だ。
 しかし、なんとすんなり採用が決まる。しかも、准教授でありながら独立の研究室であった。白地に自分で絵を書くような研究ができる環境が与えられた山中のPADも癒えた。山中の運は急速に開けていく」 ご本人に確認しましたから、これは本当です。また、宮田が大袈裟に書いていると思われるのは自由ですが、本当に本当です。
 なんとも、泥臭くて、人間くさくて、超生真面目だが、関西人だから面白さも分かる、この多様性が魅力ですね。
 取材の応じていただいた、山中研究室や共同研究者の方々に感謝します。
 今週もどうぞお元気で。