現在、小倉港に臨む北九州国際会議場で第13回日本がん免疫学会総会を取材中です。1898年のコーリー毒素以来、がん免疫療法の歴史は続いていますが、手術や抗がん剤、放射線・粒子線療法などに隠れた存在でした。しかし、免疫学の進展と細胞工学、そしてがん特異抗原の同定、自然免疫系の解明によるアジュバントの開発などが総合的に組み合わさり、今やがんワクチンやがん特異的細胞障害性T細胞の養子免疫療法(T細胞受容体の遺伝子治療も含む)を、第五のがん治療法として、真剣にもう一度取り組む時代になったと実感しています。
 まずはウィンブルドンです。クルム伊達は20歳年下の新鋭ウォズニアッキを、第二セットの3ゲーム目までは圧倒していました。彼女の猛烈な訓練による現役復帰が本物、本気であることを示しました。本当にクレージーですが、素晴らしい挑戦です。彼女に刺激されて、キム・クライシュテルスも全米オープンから復帰します。一度引退した女子テニス選手が結婚・出産後に復帰する道を拓きました。ママさん選手の時代が、女子テニスにもやってこようとしています。
 1セット先取ならば、現在、世界ランク9位で先週にはウインブルドンの前哨戦で優勝したウォズニアッキに、間違いなく勝利していました。テニスは力や若さだけでなく、頭で勝つこともできることを証明したと思います。
 残念ながら第二セットで脚に故障が生じ、それを目ざとく感知し、猛烈な左右の振り回しショットを繰り出してきたウォズニアッキに、2セットを連取され惜敗しました。しかし、試合後のインタビューで伊達の表情は極めて明るく、喜びに満ちていました。最初の現役の時にあんなに暗く、無愛想であった伊達とは大違いです。今頃、悔しさがこみ上げて切歯扼腕しているのでしょうが、一方でテニスの本当の面白さを噛み締めて、きっとにんまりともしているでしょう。
 人生の深い喜びを知ったのではないでしょうか?
 さて、個の医療です。
 昨日、早稲田大学で開催されたオーダーメイド医療を考えるシンポジウム「個の医療における世界戦略の現在」に参加してまいりました。米国から米Chicago大学がん研究センターのMark J. Ratain教授と米UCSF薬学部のKathleenM. Giacomini教授、我が国からは文科省のオーダーメイド実現化プロジェクト第一期と第二期の責任者である東京大学医科学研究所の中村祐輔教授が講演し、パネル討議をいたしました。
 3人は2008年から始まった、日米のファーマコゲノミクス共同研究、GAP-Jを企画した張本人達です。米国のファーマコゲノミクス研究ネットワークが収集したDNAを中村教授が兼務している理研のゲノム医科学研究センターで大量解析し、副作用のリスクや医薬品の効果がある患者を選抜する遺伝マーカを究明しようというプロジェクトです。日米から各疾患や治療薬毎に、それぞれ一人ずつ主任研究者を選出して、プロジェクトを遂行する本格的な日米共同研究です。1-2年以内に、重要なファーマコゲノミクスに関するSNP(1塩基多型)が続々と同定されると思います。詳細はBTJのホットニュースで近いうちに報道いたしますので、どうぞご期待願います。
 実は今回の取材で、永年の疑問が氷解しました。
 何故、欧州医薬庁は抗EGF受容体抗体「Erbitux」を投与する際に、がん遺伝子k-rasの変異を測定することを義務つけたのに、米国食品医薬品局はいまだに、Erbituxのラベル変更に応じないで、k-ras変異検査を勧奨していないのか?
 この疑問に、Ratain教授は「まだ、k-ras変異の有無によってErbituxの臨床成績に差を生じるか、前向き試験結果が出ていないためだ」と明快でした。厚労省は世論に押されて、k-ras遺伝子検査を先進医療で認めましたが、FDAはこの点において、極めて保守的でした。
 あくまでも、ファーマコゲノミクスのマーカーに関しては、前向きの臨床試験によって有用性を確認する必要があるというのです。個の医療の臨床診断薬に関してFDAのハードルは欧州や我が国と比較してもかなり高いところにあります。
 それだからこそ、本日議論したいのは、SNPの特許性です。これは個の医療の実用化を目指している企業の皆さんに、是非とも議論していただきたい事柄です。
 GAP-Jで同定されたファーマコゲノミクスに関連するSNPは、どんなに臨床的に有効でも、SNPの特許申請は行わないという原則を打ち出しています。なんだかもったいないと、皆さんも思われるでしょう。私もまったく、同感で、彼らに質問を浴びせました。「特許権を確保しないと、そのSNPを活用した診断薬の開発をどの企業もやらない。ただでさえ、個の医療に関して新薬と患者を選別する診断薬を同調して開発することが困難なのに、一体、どういうわけですか?」といった不躾な質問です。
 Ratain教授は「SNPの特許性はそれほど強くないし、事実上、特許権を守ることは困難だ。むしろ公開することで、実用化を促進したい」と答えました。「例えば有用なSNPを一つ同定しても、それと遺伝的に連鎖するSNPを使えば、特許権の請求範囲外になる。連鎖するSNPを全部同定して特許申請することは、事実上不可能だ。ハプロマップでも事情はまったく同様だ」と中村教授が解説してくれました。
 遺伝的に連鎖するとは、有用なSNPと挙動を一にして遺伝するSNPであります。これは困ったことに解析対象の数を増加させれば多数発見できる可能性があるものです。両者の発言の通り、現段階ではこれだと思ったSNPを特許出願してもそれをすり抜ける特許は山の様に申請できるのです。
 但し、がっかりすることはありません。
 「そのSNPが乗っている遺伝子は特許の対象になる」と中村教授は指摘しています。その遺伝子上のSNPの機能(変異遺伝子といっても良いかもしれません)が分かり、それが疾患の発症や医薬品の副作用に関与することが明確なら当然特許になると思います。
 単純なSNPの特許ではなく、こうした生物機能を同定したSNPならどんどん特許申請をしていただきたい。我が国の個の医療に磐石な知的財産のプラットフォームを形成いたしましょう。
 今週もどうぞお元気で。