アカデミー賞で「おくりびと」が外国語映画賞を授賞しました。
 今頃、鶴岡はさぞ沸き立っていることでしょう。先週は鶴岡を訪問しており、飲み屋街の裏通りにある、鶴乃湯が「おくりびと」の撮影で使われたと教えてもらったばかりでした。どうやら映画ファンがもう押しかけているらしいともうかがいました。古き良き日本がまだ残っている鶴岡や庄内地方は、藤澤周平の時代劇ばかりか、現代劇の撮影でも貴重な存在です。
http://blog.4071.net/?eid=765192
 何故、学生時代に夏スキー帰りに訪れて以来、鶴岡に魅せられているのか、今回のオスカー授賞でその理由が世界的にも理解できる普遍性を持つことを知りました。勿論、今尚、世界をリードしているメタボロームの拠点やイノベーションに基づいたバイオクラスター形成が9年目を迎えていることもありますが、やはり鶴岡が継承している文化の高さと市役所がまるで今でも旧藩のように仁政を敷き、志の高い人材を備えていることも魅力です。文化と先端科学の融合がここなら出来る、と夢見る条件は十分あります。
 オスカーの受賞で、皆さんの中には早速羽田からタオルを抱えて庄内空港に向う方もいらっしゃるでしょうが、この時期はブリザードで飛行機が到着できないことも覚悟する必要があります。何しろ、鶴岡は「砂の女」と「雪の降る町」の題材にもなった、風強く、雪が横に降る町でもあります。冬の厳しい気候が、街も人も鍛えるのです。
 さて、個の医療です。
 今年はインフルエンザの患者は多発しました。第一三共が我が国で臨床試験中の次世代のノイラミニダーゼ阻害剤も、登録患者数があっという間に満ちたほどです。
 しかし、世界が息を潜めて懸念している高病原性鳥インフルエンザ(新型)の大規模なヒトへの感染はまだ起こっておりません。あまりに荒唐無稽なインフルエンザ感染パニックの映画が上映されましたが、専門家に聞くと、「プレパンデミックワクチンは感染阻止には効かず、病状の緩和に貢献するだけ。従って、抗ウイルス剤で対抗すれば大丈夫。問題はどうやって医療サービスや抗ウイルス剤を患者に提供するか、医療のデリバリーの問題だ」という指摘でした。
 結局、感染症対策の基本ですが、正しい医療知識(うがいは余り効果が無いらしい、外出後は手洗い、外出中は顔を触らないというのが正解だと教わりました)の普及と適切な医療の供給が重要です。薬害問題の反動で、インターネットでの医薬品販売に厳しい規制(海外のサイトは規制できるのでしょうか)をかけようとする前近代的な厚労省や、ただでさえ勤務医が過労状態にある今の大病院中心の医療供給体制を早急に改めないと、世界的な流行で我が国だけが大被害に遭う可能性があります。どうやら科学よりも、制度的な問題が我が国の新型インフルエンザ対策の落とし穴となる、嫌な予感がしています。
 新型インフルエンザと個の医療はどう関係するのか?
 まず、以下の話はまだ科学的な検証が終わっていないので、魅力的な仮説であるとお考えいただきたい。
 09年2月9日に東京大学医科学研究所で開催された、新興・再興感染症研究拠点形成プログラムのシンポジウムは最高に面白く、一般向けを意識しておりながら、非常に質の高い情報提供が行われたと思います。医科研の講堂も本当に満員でした。社会が対応しなくてはならない新型インフルエンザに対して、最先端の研究者と対話するのは意味があります。政府が発表している事と微妙に違うことも、一般の市民にも感じ取っていただくことが重要です。そうでないと、「政府にまた騙された」と自己責任を感じない愚民を生んでしまいます。
 政府は国民を意図的か、意図的であるかはともかく、結果的に騙し欺くものであり、被害を最小にするために、政権交代が必要というのが、健全な民主主義だと思っております。政府が無謬であるという神話はくだらない幻想です。
http://www.crnid.riken.jp/pfrc/jpn/event/pdf/090206.pdf
 さてその中で、北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターの喜田宏教授が、鳥のインフルエンザがヒトへと感染拡大する重大な仮説を明らかにしていました。それはヒトの中にある個体差が鍵です。特にインフルエンザウイルスが感染する上気道の内皮細胞の糖鎖構造に個体差があり、鳥インフルエンザに感染した患者は濃厚な感染を受けただけでなく、インフルエンザウイルスが結合する糖鎖構造が鳥型を持っている可能性を示唆しています。こうした糖鎖構造を生む、糖転移酵素に個体差があると推定していました。
 今まで鳥インフルエンザ(新型インフルエンザ)がヒト間で感染した例は僅かですが報告されていますが、何故か、遺伝的につながった家族間に限定されています。一緒に濃厚に接触したはずの夫婦間には感染が確認されていないのです。まさに夫婦は他人であるのですね。何か遺伝的な原因が背景にある可能性が濃厚です。実際、香港で鳥インフルエンザのヒトへの小規模な流行が起こった時の患者ののどから採取した試料に鳥型の糖鎖構造を検出しましたが、患者の気道上皮細胞にその糖鎖が結合していたかは確認できず、仮説検証は半ばに終わって
います。
 もし本当に鳥型の糖鎖構造を持ったヒトに新型インフルエンザが感染し、ヒトのインフルエンザウイルスがさらに感染して、患者の細胞内で遺伝子の組換えが起こり、ヒト間で感染可能な新型インフルエンザウイルスが誕生し、コミュニティにある程度感染が広がったら、私達は本当に新型ウイルスのパンデミック(大流行)の危険性に曝されることになります。
 人獣共通感染症は、感染症の病原菌やウイルスの受容体を人獣で共有している場合と、ヒトの個体差によってほんの一部が獣型受容体を持っているために、人間の社会に侵入する可能性があるのです。感染症の例は知りませんが、組換えヒトインスリンを投与して抗体が強く誘導された患者さんが、ブタ型のインスリン(アミノ酸配列が一部異なる)を持っていた例もありました。
 もし、この仮説が本当なら、鳥インフルエンザウイルスの受容体を持つ、個人が鳥と濃厚に接触する機会を制限したり、抗ウイルス剤を優先的に配布するなどで、パンデミックのリスクを低減させうるかもしれません。勿論、これが差別にならぬよう、十分な配慮と社会的な包容力が要求されることは言うまでもありま
せん。
 念を押しますが、これはあくまでも仮説です。ご友人と議論する時には是非とも、仮説だと断っていただきたいと思います。
 皆さん、今週もどうぞお元気で。