猛烈な季節風の中、飛行機は40分遅れて、真っ白な雪に包まれた鶴岡を発ち羽田に向け飛び立ちました。厚い雲を通り抜けると、上空はいつもあっけらかんとした快晴です。地球の規模から見れば、本当に薄い大気にも何層にも分かれた表情があります。そのミルフィーユの境を飛行機は分け進むのです。
 来週第一回の審査委員会が開催される産学連携拠点の説明会の取材と、来年度のバイオファイナンスギルドの打ち合わせを終了、鶴岡市長の招宴で美味しい寒鱈汁をいただき、一晩過ごし東京に戻っております。しかし、空港に向う雪道で防風林の立派な松がユラユラと揺れ、路上に千切れた大枝が邪魔しているのを見るにつれ、今日も欠航か、と嘆息が漏れました。しかし、2回目の着陸の試みで、見事に着陸、拍手拍手でした。
 鶴岡には慶應技義塾先端生命研究所とそのスピンアウトベンチャーであるヒューマンメタボロームテクノロジーズがあります。分子量1000以下の代謝産物を網羅的に解析するために、同研究所が開発したキャピラリー電気泳道と質量分析機(CE-MS)を駆使しています。毎回、研究所とそれに隣接したインキュベーターである鶴岡メタボロームキャンパスを訪れるたびに、1セットで数1000万円はするCE-MSが増えているのに驚かされます。とうとう、同研究所とベンチャーを合わせて、CE-MSは50セットを超えました。間違いなく、世界最大のメタボローム解析能力であります。
 さてメタボロームが本当に個の医療に貢献するバイオマーカー探索の手がかりとなるのか?実際、慶応義塾大学のグループは2年前に薬剤肝炎のモデル動物で、グルタチオン枯渇が障害の前に誘導され、その結果、オフタルミン酸という異常物質が生産され、血中や尿中に漏れ出ることを突き止めています。現在、診断薬として開発を急いでいます。幅広い疾患のメタボローム解析で、病態マーカーを現在急追中です。
 今までは鶴岡の独壇場だったのですが、海外からやっと、メタボロームによる有力な疾患マーカー発見の朗報が届きました。米Michigan Center for Translational Pathologyの研究グループは、前立腺がんと正常前立腺組織を比較してメタボローム解析した結果、最終的には前立腺がん特異的な6つの代謝産物を絞り込み、最終的にはその中のサルコシン(Nメチル化グリシン)を有力な前立腺がんのバイオマーカーとして臨床的に確認する段階に進みました。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/9718/
 この成果はベンチャー企業の米Metabolon社が商業化する権利を持っております。サルコシンが幸運だったことは、単なるマーカーではなく、この物質を培養液に添加すると前立腺細胞の増殖を誘導する活性があったのです。少なくとも細胞増殖と浸潤性というがん化の最も重要な特徴を誘導する原因物質だったのです。実際siRNAなどにより、サルコシンの合成酵素の発現を抑制すると、前立腺がん細胞の増殖が抑制され、遺伝子導入でサルコシン合成酵素の発現を誘導すると、良性前立腺細胞が浸潤性を獲得し、がん化しました。
 サルコシン代謝経路に含まれる酵素群は、前立腺がんの医薬品開発の新たな標的となる可能性が濃厚なのです。代謝産物は酵素によって細胞内で作られるます。酵素阻害剤は、従来の低分子医薬品開発で最も成功したものであります。つまり、疾患のメタボローム研究は、バイオマーカーだけでなく、既存の製薬企業の低分子スクリーニング技術やメディシナルケミストリーをそのまま応用できる、治療薬の標的探索にも展開できる潜在的な力を持っているのです。
 現在、ロシュ・ダイアグノスティックスの記者会見場でメールを書いていますが、同社の小川渉代表取締役社長はこれからは新薬開発と医薬品開発を同時に診断薬を開発していくと発表しています。まさにメタボローム研究にぴったりくる戦略です。
 メタボロームは個の医療の間違いなく基盤となる技術です。しかも、日本がこの分野では圧倒的に強い。誠に心強くなるじゃないですか。
 皆さん、今週もどうぞお元気で。