先週は福岡から、今週は打って変って、札幌からの帰りの飛行機でこのメールを書いています。
 北海道はしばれています。寒いなんてものではございません。札幌でも昨日は、-8度、深夜、彷徨していた千歳市は-17.5℃(ホテルのフロント情報、それほどでの体感ではなく、ただ酔いのせいかもしれません)。酒場の中でも石油ストーブの前に集まって飲んでおりました。美味しいエゾ鹿のお刺身を、これは俺が撃ったという老ハンターと楽しくいただきました。
 「猟犬に育てる」と老人が連れていたアイヌ犬の子供が可愛らしく、本当に熊にも立ち向かうようになるのか、心配です。おまけにエリちゃんと名づけ溺愛しており、とてもこのコンビが獰猛なヒグマを雪原を追うとはどうしても想像できません。
 個の医療にはまだ直接関係はしておりませんが、今まで想像できなかったような、新しい医療原理が誕生しつつあります。
 直接分化法、がその技術革新です。細胞の遺伝子発現を調節するマスター遺伝子(転写調節因子)を、直接患者の体内の組織に打ち込み、器官や細胞の分化を促す治療法です。
 米国Harvard大学のMelton教授が、先週土曜日に東京大学安田講堂で開催されたICORP器官再生プロジェクト/CREST iPS細胞研究領域合同シンポジウムで発表しました。線維芽細胞を筋肉細胞に分化させるマスター遺伝子(転写調節因子)MyoDの発見以来、同グループが伝統的に前駆細胞に遺伝子を導入し、分化を誘導する実験を繰り返してきた成果です。従来は1つの遺伝子を足していたのですが、山中伸弥教授のiPS細胞を3つの転写導入因子によって誘導した成果に勇気付けられ、複数転写調節因子導入に挑戦した収穫です。
 今週月曜日のBTJ/HEADLINE/NEWSや日経バイオテク、そして他のメディアも低分子化合物によるiPS細胞誘導法の開発を報道していましたが、本当はこんなことより、直接分化法の方が将来の医療にインパクトを与える可能性が大きいのではないかと確信しております。近く日経バイオテクに詳細を報道いたします。他のメディアとの対抗上、化学物質によるiPS細胞誘導を先行して執筆したというのが、楽屋裏の事情です。
 iPS細胞の研究は、成人の細胞をまず3種の転写調節因子を導入して初期化、その後、肝臓細胞や神経細胞など移植可能な細胞や医薬品のスクリーニングに必要な細胞を製造しようという方向に我が国では集中しておりますが、Melton教授らの発想は、一度初期化の過程を経るなんていうまだるっこしいことを排して、直接、転写調節遺伝子を組織に注入して目的の細胞を分化させてしまお
うという試みです。
 Melton教授らは、糖尿病の治療法として直接分化法を開発中です。糖尿病の原因の一つはすい臓のβ細胞からインスリンの分泌が減ることですが、同教授らは3種の転写調節因子をアデノウイルス・ベクターに組み込んですい臓に注射し、すい臓でβ細胞の周り存在する分泌細胞(β細胞の前駆細胞)をβ細胞(インスリン生産細胞)に変換させることに成功しました。勿論、まだマウスの動物実験ですが、ES細胞、iPS細胞や成人性幹細胞からβ細胞の分化誘導がまだ臨床応用可能にまで成功していないことを考えると、直接分化誘導法は検討に値すると思います。
 詳細は明日、日経バイオテクオンラインとBTJアカデミーで報道いたします。BTJアカデミーなら、公的研究機関の研究者はわずか500円で読み放題ですので、どうぞ御利用願います。
http://biotech.nikkeibp.co.jp/senmonn/btj_aca.jsp
 β細胞を移植すれば患者さんの血糖値は正常化することは、すい島移植によって証明されています。直接分化法によって、重症糖尿病患者さんがインスリン注射なく、血糖値を調節でき、糖尿病の合併症も抑止できるかも知れません。膨大な市場と患者さんのQOLの大幅な改善、国民医療費の適正化を夢見てしまいます。
 最も、現在の段階で直接分化法は、今すぐに臨床応用できるものではありません。何よりも、直接分化誘導可能なβ細胞の数はまだ十分とはいえませんし、副作用などの検討も当然必要です。
 今後、β細胞分化の詳細なプロセスの解析により、β細胞分化のマスター遺伝子群を突き止めることと、遺伝子導入効率の改善、他の細胞にマスター遺伝子が導入された場合の副作用やその抑止方法の開発など、ちょっと思いつくだけでも道のりはまだ遠いと思います。
 最も決定的なのは今回の直接分化は前駆細胞の細胞分裂を伴わずβ細胞へ分化誘導させただけにすぎないことです。前駆細胞が枯渇すればβ細胞も枯渇します。前駆細胞やβ細胞の分裂を誘導すを見つけ出さなくてはなりません。こうなるとちょっと初期化も必要になるという、矛盾に苦しむのですね。
 iPS細胞やES細胞研究の急速な進展によって、分化のマスター遺伝子群の解明は本当に続々と明らかになってきました。今ではES細胞から最終的に分化した細胞までのマスター遺伝子の発現カスケードが記述できるようになっています。こうした治験と直接導入法が結びつけば、患者さんが不足している細胞をオーダーメイドで補充するために、マスター遺伝子の組を選んで直接導入する時代が来るかもしれません。
皆さん、今週もどうぞお元気で。