現在、福岡から東京に戻る機上です。福岡は雨が降り出しました。
 博多も不景気の波が押し寄せています。九州大学発のベンチャー企業、GNIから日本人の社員が昨年後半に退職、合併した上海のバイオベンチャーの経営陣が支配する企業に変貌、それを受けて株価が低迷しています。もう一つのアキュメンも、米国での臨床試験結果が不調で、厳しい状況に曝されています。かつて地元の期待を集めた有力ベンチャーの蹉跌が、博多のバイオベンチャーの熱気を吸い取ってしまったかのようです。
 但し、バイオでは中国との交流が本格化しつつあり、福岡の地政学的な利点を活用した新しい事業展開の模索も始まっています。また、九大からバイオエネルギー関連のベンチャー企業も創設されたと聞きました。まだまだバイオは死なずというところです。
 さて、個の医療です。
 まだマウスでの研究段階ですが、自己免疫疾患である糸球体腎炎を発症する遺伝変異が発見されました。自己免疫疾患に関連した遺伝子は続々と発見されていますが、動物個体レベルで糸球体腎炎を引き起こすことが分かったのはこれが初めてだと思います。自己免疫疾患の背景にある体質(遺伝因子)の実態の解明に繋がる発見です。しかし、皮肉にもこの発見は、現在、急速に開発されている標的医薬という抗がん剤の副作用の可能性も示唆しています。
 米Scripps Research Instituteと、米Genomics Institute of the Novartis Research Foudation(GNF)の研究者らの発見です。Molecular Cell誌2009年1月16日号で発表しました。
 同グループはたんぱく質をリン酸化する酵素(キナーゼ)に1種であるLynのGループと呼ばれる場所に生じた遺伝変異が、 キナーゼ活性を低下させたり、喪失させることによって、抗体を生産する免疫細胞であるB細胞が異常に活性化される、糸球体腎炎を引き起こすことを解明しました。
 糸球体腎炎は異常に活性化したB細胞が生産する抗体と抗原の複合体が糸球体に沈着する。活性化したB細胞が暴走して、自分の抗原(自己抗原)に対する抗体をも過剰生産し、体内に自己抗原と抗体が結合した免疫複合体が多量に生じた結果、糸球体腎炎が発生したと考えられています。
 実は、Gループという構造は、たんぱく質をキナーゼがリン酸化するために必須の部位でした。ATPを結合し、そのリン酸をキナーゼがたんぱく質に移すことによってたんぱく質のリン酸化が起こります。細胞増殖の刺激(シグナル)は、複数のキナーゼが介して、次々と多種のたんぱく質をリン酸化することで細胞核に伝えられ、新たなたんぱく質やmiRNAなどが作られ、細胞増殖が引き起こされるのです。このシグナル伝達に一番重要なGループの変異が、自己免疫疾患の鍵を握っていたのです。
 スイスNovartis社の研究所がこの発見を行ったことは、ある意味必然かも知れません。同社は世界で初の標的医薬、グリベック(慢性骨髄性白血病などの抗がん剤)を創製した企業です。しかもグリベックはたんぱく質キナーゼのGループに結合し、キナーゼ活性を阻害する医薬品なのです。幸い、グリベックは主にBcr-Ablチロシンキナーゼとc-kitを阻害する特異性を持っています。Lynの阻害作用は弱いため
直ちに糸球体腎炎などの副作用が起こるとは思えません。しかし、長期にわたる服用によって自己免疫疾患が引き起こされる可能性なども検討しなくてはならないと思います。
 米Pfizer社が開発した標的医薬、スニチにブは80種以上のたんぱく質キナーゼを阻害します。今後、特異性が弱く、複数のたんぱく質キナーゼを阻害する標的医薬(マルチキナーゼ阻害剤)が続々と開発されていますが、今回の発見はマルチキナーゼ阻害剤の臨床開発で、自己免疫疾患を副作用として観察する必要があることを意味しています。
 細胞増殖のシグナルはがん化だけでなく、免疫系や組織の維持・再生などあらゆる生命現象の基本であることを忘れてはなりません。がんの標的医薬はがんの成長をブロックしますが、がん組織そのものを退縮させる作用は少ないことが分かっています。がんの標的医薬の投与期間が延長すればするほど、詳細な副作用の検討が必要となると確信しています。
 今週も皆さん、どうぞお元気で。
  Biotechnology Japan Webmaster 宮田 満