テニスの全豪選手権の本選に伊達選手が予選を完璧に勝ち抜き出場、記者会見では歳の話ばかりとぼやきながらも、今朝の10時から世界ランキング28位のエストニアの選手と対戦しています。失礼ですが、年齢差15歳。第一セットは残念ながら3回のダブルフォールト(伊達もあがるのですな)で1ゲームを自滅し、落としました。
 後ろ髪を引かれながらここで仕事に出たのですが、しかし、ネットで見る限り、第2セットは伊達が奪取。老練なテニスで強打の選手をいなしており、体力さえもてば、と一縷の望みを託しています。しかし、テニスはサッカーと異なり、強い者が必ず勝つスポーツです。強打が体力を奪うので本当に心配です。
 さて、ポスドクでは必ずしも、高い学歴を収めた研究者が、勝者になるとは限らない厳しい現実があります。正直なところ、文科省の動きを見ると、国の支援は残る3年です。4年後からは各大学の予算でキャリアパスを支援しなくてはなりません。尤もポスドクの就職難を目前で直視した研究者や大学院生は、キャリアパス形成に役に立つ大学や研究室を厳しく選抜するようになっており、こうした支援の無い大学や研究室(奴隷扱いする教授)には、優秀な学生やポスドクが集まらなくなりつつあります。もっと厳しいのは、理系の大学院に進学する学生が減少していることです。定員の充足率(07年学校基本調査)は、理学系で59%、工学系で64%まで低下しています。つまり、大学院の危機、そして間違いなく研究・教育機関としての大学の危機なのです。はっきり言えば、大学院教育のあり方を問わずに、今までの延長線上でただ定員を増加した大学院重点化政策が失敗したことを意味しま
す。
 従来、文科省が行っていた大学の評価では、文科系の多数の大学院生(留年生)も含めると、不思議なことに大学としては見かけ上、大学院生の充足率は100%になり、おとがめなし。同時に文科省の政策に関しても批判を受けない情況だったのですが、独立行政法人になってから国立大学法人の評価は、学位授与機構などが行うことになり、学科別の大学院充足数や大学院の入学者数に基づく評価が行われます。今年度、わが国の国立大学の理系大学院が壊滅的な充足率に止まっていることが白日の下に曝されるのです。定員拡大によって交付金や施設などの充実だけを享受、教育の義務を放棄していた教授達の無責任さが問われます。
 国民から言わしていただければ、「きちっと教育もしていなかったのだから、税金を返せ」ということです。
 先週の金曜日、大阪大学が開催した理系キャリアセミナーVIIに参加しました。
 同大学科学技術キャリア創成支援室の頑張りによって、大阪大学の全教官の年齢分布と職務に就いた年齢の分布の調査が行われました。こんなデータは私は見たこともありません。大学の教官のキャリアパスを知る貴重なデータです。
 04年から07年の4年間、全学で見る限り、教授・准教授のポストは減少し続けています。文系は狭き門型であり、一度特任研究員であれ、なんらかの教官ポストに付いた人は助教、准教授、教授へと上り詰めるだけのポストは用意されています。しかし、特任研究員や助教に任用される数は極端に少ない情況でした。
 工学部系大学院は、終身雇用崩壊型とあだ名を付けましたが、近年の特任研究員の採用急増で、従来は助教、准教授、教授と適切に割り当てられていたポストでは不足する情況となりました。在職数で、任期制の教官はテニュアの教官の倍も存在します。
 生命科学・生化学系の雇用形態をドバイ型と名付けました。近年、任期制の教官ばかりを採用、テニュアの教官の数は減少させているからです。研究を任期制の職員に依存する体制が急速に高まっています。競争的資金が取れなかったら、原油価格の暴落によって移民労働者を切ったドバイの二の舞です。任期制の教官とテニュアの教官の在職数は1:1であり、全取っ替えしない限り、任期制の教官がテニュアになる確率は低いといえるでしょう。
 採用時の年齢は、特認研究員で平均32歳、これは助教・講師と同じでした。32歳が、テニュアと任期制雇用の別れ目です。準教授は平均39歳、教授は平均46歳で、それぞれ就任していました。これが少なくとも大阪大学における、07年の生命科学・生化学の研究者のキャリアパスの実態です。
 厳しい数字ですが、まるで実態が見えず、目隠しされて、ひたすら好天を待つような情況を続けるよりはましです。まず間違いなくポスドクの過半以上はアカデミックキャリアを得ることはできません。そもそもポスドク1万人計画はアカデミックキャリアのみで、増員したポスドクの職を確保できる計画ではなかったのです。大学院での教育と産業界のニーズのミスマッチを解消せずに、増員だけしたところに根本的な問題がありました。
 時ならぬ増員で研究がはかどった教授達も、ポスドクを派遣労働者と同様に使い捨てにすることは許されません。大学の組織としての構造的な責任ばかりでなく、昨今のインターネットの口コミにより、噂は本当に千里を駆け抜けます。使い捨てにした教授の末路はまた暗いものとなることを、ここで確認しておきます。
 一番重要なのが、ポスドクの皆さんの自覚であることも言うまでもないでしょう。自分の人生です。ことポスドク問題に関しては、いくら待っても棚からぼた餅はない、と私は思います。
 さて、伊達は最後の最後までもつれましたが、タイブレークで3セット目を落とし、一回選で残念ながら敗退しました。これもしかし、現実です。