写真:これほど明るい退任記念会もなかった。次の人生に期待を膨らませる鎌谷センター長。
 リウマチなど自己免疫性疾患の権威にして、同時に遺伝統計学や臨床疫学など統計学の天才であった、東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センターの鎌谷直之前センター長が、定年まで5年を残して、2008年7月7日に突如辞任したのです。下記の記事はBTJでNo1ヒットを記録いたしました。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/4623/
 同氏の支援なしには、オーダーメイド実現化プロジェクトなど集団遺伝学とDNAのSNPsタイピィングを組み合わせて疾患や副作用関連遺伝子を探索する研究は成就しなかったと思います。SNPsのゲノムワイドの解析でわが国の研究チームが国際的な成果を挙げた背景には、鎌谷教授の数学があったことは忘れてはなりません。失礼な言い方になってしまいますが、医師や分子生物学者だけでは、正直無理だったと素直に思います。
 春頃から噂を聞いておりましたが、まさか本当に女子医大の教授のポストをあっさり投げうってベンチャー企業に転出するとは。誰もが唖然といたしました。
 しかし、先週木曜日(7月17日)の夜に、京王プラザホテルで開催された退任記念会で会った鎌谷教授は「こうして突然辞任すると、普通はセクハラか、科研費の不正かですが、僕には一切関係ない。今やめることは予定通りだ」と涼しい顔でした。「残りの15年の人生を統計学に賭けたい」と鎌谷教授の言葉は胸を打ちます。
 自らの挨拶で、「今まで製造業中心の社会では、皆と同じことをすれば良かったのですが、今の社会はそれぞれ創意工夫をして新しいことに挑戦しなくてはならなくなった。そのため不確実性とリスクをマネージすることが大切になった。統計学こそこうしたことを可能とする」と、まことに歯切れが良い。
 パーティでは、余りに数学的な才能が優れていたために、「鎌谷さんの言ってることは、難しくて良く分からない」というスピーチ(医学部の教授達の)が連発され、そのあげく「鎌谷教授のような医師は沢山いるかも知れないが、遺伝統計学者としての鎌谷教授に代わる人材はない」との同僚の発言で、会場中が皆うなずくという有様。
 一見、突飛な決断ですが、誰もが鎌谷先生なら医学を辞めて、統計学に専念しても、一家を成すと思っていたためでしょう。そのため、退任記念講演会であるのに妙に明るい。私も挨拶で「おめでとうございます」と思わず申し上げてしまいました。
 五十而知二天命
 「人生は多量変数だ。今回の辞任も様々な変数を入れて決めた。もっとも6 月にボーナスが出るとは知らず、家内の指摘で7月7日に辞任することになった」と冗談だか、どこまで本気だか分からないスピーチを飛ばしていた鎌谷教授ですが、きっと50歳代に天命を知り、今日まで思いを巡らし、準備を進めて来たのだと思います。
 新しい門出をお祝いしたいと思います。
 是非ともBTJジャーナルでインタビューをお願いいたします。鎌谷先生、是非ともご連絡願います。これは本当のお願いです。
 さあいよいよ梅雨も明けました。
 日本の夏をどうぞご堪能下さい。
 PS
 大学や研究機関でライフサイエンス分野の研究成果を産業界へ伝え、共同研究や製品開発に役立てていただく「技術シーズ・レター(ライフサイエンス分野)Vol.4」の企画を進めています。一言で言えば、ウェブ上や紙面で共同研究やライセンス先を募集する試みです。今年で第4回になりますが、効率よくパトナーや提携先を見つけことができます。実績もあります。 どうぞ下記より詳細にアクセスし、8月5日までにお申し込み願います。
http://innovation.nikkeibp.co.jp/etb/20080701-00.html