ウィンブルドンも終了。
 いよいよ個の医療の季節がやってまいりました。
 何の関連も無いと、目くじらを立てている読者もさぞや多いと思いますが、夏は実は個の医療関連学会のシーズンでもあるのです。
 今週の日曜日には医療情報学会、また、7月15日にはゲノム創薬フォーラム、7月23日には個人遺伝情報取り扱い協議会、7月24日から臨床分子医学会、7月31日に仙台で遺伝子診療学会、8月9日にはJMCoネットワーク学術フォーラム、8月30日臨床化学会、9月27日からは人類遺伝学会があります。6月の家族性腫瘍学会を除き、この夏に、個の医療関連学会が集中しています。 こうした学会での議論は、個の医療の実用化と浸透、そして研究の発展を受けて、より具体性を帯びるようになっています。取材にも力が入らざるを得ません。テニスのプロの転戦よりはましでしょうが、今年も熱い夏を迎えそうです。現場から皆さんに一報し、喜んでいただくことだけが、喜びですので、どうぞ異論反論も含め、お寄せ下さい。
 さて、今週私がもっともうなった記事は下記の記事です。 これによって集団遺伝学の限界を条件付きですが打破できる可能性が出てきたのです。幹細胞研究と個の医療が融合しつつあります。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/4399/
 実はゲノム配列が分かっていても、その遺伝子の機能が分からない遺伝子はヒトでは半分以上存在しています。まして、それぞれの遺伝子上に存在する無数の突然変異の機能や臨床上の意味など、現在では少数の研究が進んだ突然変異を除けば、まるで雲を掴むようなもの。まったく、分からないといっても良いでしょう。
 現在のところ機能推定が可能な突然変異は、よっぽど強い影響をヘテロ接合(難しい表現ですが両親から由来した遺伝子一組のうち、一つの遺伝子が突然変異を持つ状態)でも、生命維持の機能や表現型に与えるものか、わりと頻度高く集団に保持されていてマイルドな影響を生命維持に与えるものに限定されると思います。前者は家系分析により、後者は一塩基多型(SNPs)を利用した、疾患集団と正常集団の間の連鎖不平衡解析(これもまた難しいですが、数100人規模の集団を患者と正常人で比較し、尚且つ、その結果をまったく別の患者と正常人の集団で検証しなくてはなりません)により、疾患とのかかわりを解析することが可能です。
 実際、70歳までに乳がんを発がんするリスクを増大するBRCA1やBRCA2遺伝子上にある主要な突然変異は、家族性の乳がん患者の研究などから明らかにされました。今では、家族に乳がん患者を持つ人の発症リスクや乳がん手術後の化学療法などの適用の目安として、BRCA1とBRCA2のゲノム配列の解析サービスが米国では急速に普及しています。我が国でもファルコが導入、日本人でもほぼ米国と同様なリスクがあることを証明しています。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2004/4930/
 しかし、確かに主要な突然変異の乳がんに与えるリスクは解析できたのですが、それ以外の頻度が低いか、研究が進んでいないBRCA1とBRCA2上の突然変異では、乳がんや卵巣がんのリスクを招くような機能変化が起こっているかは全くわからない状況です。現在までに1900カ所の突然変異が、BRCA1とBRCA2遺伝子上に報告されており、実はそのほとんどが、臨床上リスクを増大させるのか、判断できない状況です。
 従来の手法では、これらの突然変異と乳がんや卵巣がん発症との連鎖分析を、多数の患者と正常集団に対して行わなければなりませんでした。まして、集団での頻度の低い突然変異の場合は解析可能な集団を集めることだけでも大変な精力と費用が必要で、事実上不可能でありました。
 これを打破するかもしれないのが、米国立がん研究所(NCI)マウス遺伝プログラム発がん感受性遺伝学部門のShyam K. Sharan部長が、開発した手法です。これは胚性幹細胞(ES細胞)の生存や増殖を促進する機能を持つ遺伝子上の突然変異が解析対象となるという限界がありますが、機能未知のがんリスク関連遺伝子上の突然変異の危険性を評価する画期的な方法です。
 詳細はNature Method誌2008年8月号で発表します(読者の指摘でNature Medicine誌であるという可能性もあります)。既に、オンライン版で発表しています。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/4399/
 BRCA2はたまたまES細胞の生存に必要な遺伝子でした。ゲノムに異常があるとそれを修正し、正常に増殖・分化を誘導する働きがあります。そこでマウスのES細胞にある2コピーのBRCA2遺伝子の1コピーだけをノックアウトで破壊、残るBRCA2遺伝子もある特殊な薬剤を投与すると、発現が抑止される人工ES細胞株を開発しました。
 未知の突然変異を持つBRCA2遺伝子を、この人工ES細胞に導入し、薬剤を投与して培養すると、もしその突然変異ががんなど異常を生じるリスクがある場合は、ES細胞は増殖せず、死滅します。こうして、未知の突然変異の少なくとも、乳がんや卵巣がんを生じるリスクがあるかどうかは、細胞の生き死にを数えることで推定できるようになったと、Sharan部長は指摘しました。
 現在のところBRCA2上にある10以上の突然変異で確認に成功しています。また、BRCA1遺伝子上の突然変異でもそのリスクをマウスES細胞で評価できるか、研究中です。
 この手法はBRCA遺伝子に限定したものではないと思います。もし、解析対象の疾患関連遺伝子がES細胞の生存や増殖に関連する機能があれば、同じ原理で突然変異と疾患リスクの関係を解明できる可能性があるでしょう。
 一時は遺伝子や突然変異の機能解析の行き詰まりで、集団遺伝学に屈したかに見えた分子生物学や分子医学が、ES細胞との融合し、逆襲を始めたのです。
 集団遺伝学が分子生物学を駆逐すると警鐘を鳴らしていた、東京女子医大の鎌谷教授は今月、退官なさいます。ベンチャーに身を投じると伺っていますが、この揺り戻しに対する対抗策もきっとあの頭脳の中には、回答をお持ちなのではないかと、期待しております。
 現在、浜名湖を通過、京都に向っております。今週もどうぞ皆さん、お元気で。
 ps
 ノバルティスが主催するバイオキャンプの応募締め切りが7月14日に迫りました。バイオとビジネスの両方のキャリアを学べる最高の機会です。しかも、優秀者2人は、10月に香港で開催されるバイオキャンプ国際大会の出場も適います。 自分のインターナショナルに価値を試すためにも、どうぞ下記よりご応募願います。
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