写真:組換え血清アルブミンのコストの鍵を握る、精製工程。前に3つタンクが並んでいるのがストリームラインという酵母菌体が混入した発酵液から、菌体を文理、組換え血清アルブミンを粗製製する装置、これが大量発酵生産を可能とする鍵だった。
 まだ、感動の余韻が残っています。四半世紀もバイオの取材をしていても、尚、驚嘆することができるのは幸せですね。それだけ生命科学の技術革新はまだまだ拡大しつつあるという訳です。
 現在、札幌から羽田に戻る機上におります。北海道では桜の開花は最も早い松前でも尚5日必要です。羽田からたった1時間半のフライトで桜前線を追い越し、そして今もそれを飛び越して、八重桜満開の東京に戻ります。これから神奈川県庁で会議に参加、夕方やっと編集部に上がります。
 
 さて冒頭の感動の余韻は、千歳でおとといいただいた美味しい蝦夷シカステーキではありません。昨日、千歳の臨空工業地帯にあるバイファの組換え血清アルブミンの製造工場を見学したためです。近く、世界で初めて商品化される組換え血清アルブミン「メドウェイ」の最初のロットの生産に入っていました。
 
 とにかくでかい。8万リットルの培養タンク(高さ18m)が4基並んだ工場は、とてもこれがバイオ医薬の工場とは思えない迫力です。組換え微生物で製造しているLリジンなどのファインケミカル工場を除けば、世界最大のバイオ工場、少なくとも世界最大の組換えたんぱく医薬製造工場であると思います。
 
 第一世代のバイオ医薬をインスリンやインターフェロンなど生体のホルモンやサイトカインを組換え技術で製造した生体医薬であるとするならば、第二世代のバイオ医薬は抗体医薬、そして第三世代に組換え血清アルブミンは位置づけれれるかも知れません。第一世代の生体医薬と同様、血液中のヒトたんぱく質を遺伝子組換えで製造しただけではないかという方もいらっしゃると思います。確かにそれも一理ありますが、工業的に見れば両社の製造コストには量子的な飛躍があります。
 
 通常、1回の投与で12.5gの血清アルブミンを点滴静注しますが、もしインターフェロンを同量購入すると価格は数十億円を越えます。これを現在商品化されているヒトの血清由来のアルブミン製剤の8039円の12.5%割り増しの薬価、9021円で販売しなくてはならないのです。実に数万分の1のコストダウンを迫られたのです。「これではまだ赤字だが、製造設備の減価償却が終われば黒字は確保できる」(田辺三菱製薬副社長)。
 
 第三世代バイオ医薬はコストの壁の打破、製造規模の拡大、そして安定供給という第一世代にはなかった問題の解決が求められています。「メドウェイ」の実用化によって、献血や海外からの原料輸入にたよっていた血液製剤の供給体制の見直しが必要となるでしょう。未知の病原体の混入の危険性が断ち切れない、ヒト原料からの離脱は、安全性の確保と供給の安定性の両面からも、今後の国民の健康確保のための重要課題となるでしょう。
 
 問題は、今なお確保が必要な全血輸血や現在のところ組換え体の開発が行われていない血液製剤の確保を進めながら、バイオにどうやって製法転換していくか?という課題です。今回の組換え血清アルブミン製剤も我が国の市場の10%程度に供給ができる程度です。むしろ需給ギャップの調整の機能がこれで担保できたに過ぎません。工業化技術は完成いたしました。次はこの技術を衆知を集めて、我が国の血液製剤の安定供給に貢献するように活用するか、が課題です。現在、化血研もフェーズIIの臨床試験を行うための組換え血清アルブミンの製造工場を、熊本に完工しています。現在、取材を申し入れており、返答待ちです。
 
 近い将来、我が国が世界の肝臓(血清アルブミンは肝臓で製造されます)として、全世界に組換え血清アルブミンを供給することも夢ではないでしょう。国策として産業化支援を検討すべき時期だと考えます。日本の精密製造技術と近代的発酵技術によって、我が国が世界の血液製剤の供給基地へと発展することも夢ではないと思います。80年代から雨後の筍のように創設された欧米のバイオベンチャーのほとんど総てがパイプラインとして組換え血清アルブミンを上げていました。確かに実験室では出来ましたが、工業的な製造技術の開発とコストの壁の突破には、抗体医薬の雄、米Genentech社ですらお手上げでした。我が国の企業だけが、この偉業を達成したことを、私達はもっと大切にすべきだと思います。
 
 さて、やっと個の医療ですが、実は近く発売される組換え血清アルブミン「メドウェイ」は個の医療の医薬品でもありました。メタノールを食べる酵母、Pichia菌を宿主に遺伝子操作で製造しています。検出限界まで酵母由来のたんぱく質や細胞残渣を取り除いておりますが、それでも尚、Pichia菌に対してアレルギーが生じる可能性があります。おまけに、Pichia菌は味噌、醤油の生産にも貢献しており、我が国ではありふれた微生物です。
 
 「メドウェイ」の添付文書には、Pichiaの菌体成分に対するIgE抗体を投与対象の患者が持っているか、予め検査することを要請しています。緊急事態で検査が出来ない場合は、アレルギーの出現の可能性を考え、経過を観察することも明記しています。「メドウェイ」は原則としてPichiaに感作していない患者を当面は対象に投薬される、個の医療としてデビューします。
 
 市販後3年間で、1万例の調査が義務付けられており、この調査の中でPichaに対するアレルギー反応の頻度と副作用に対する対処方法、そして、より妥当な投与対象患者群の選別の研究が進むでしょう。再審査期間は発売後8年間です。
 
 「メドウェイ」を販売する田辺三菱製薬の関連企業、三菱モレキュエンスが、Pichiaに対する血清IgEを簡便に測定するキットを既に発売しています。
 
 医薬品と検査薬の同時実用化は、個の医療の実現に不可欠ですが、今回は申請から10年間も審査がかかったため、問題なく実現しました。また、審査期間中に米国での臨床試験でPichiaに対するIgE抗体価の高い患者4人に対するチャレンジ試験で2名のアレルギーが発生したことも、個の医療化を後押ししたと思います。まだ理由は分かりませんが、日本の臨床試験ではPichiaに対するアレルギーの発症は報告されていません。
 
 千歳の工場には増設予定地も用意されていました。これでも世界輸出には対応できませんが、いつか安全で安定に供給できる血清アルブミンの製造基地に我が国が変貌することを、心から希望しています。
 
 今週もどうぞお元気で。
ps
 大阪商工会議所の支援で、6月にBIO2008に参加するミッションを派遣します。今回はお隣のアリゾナ州に足を延ばし、医薬品の臨床開発を迅速化する技術やシステム開発のために米食品医薬品局も参加して創設されたCritical Path Instituteを見学するのが目玉です。どうぞご一緒いたしましょう。詳細は下記よりアクセス願います。