写真:Dehliの中心街、コンノートプレイス周辺。緑が深い。
 昨夜遅く、からりと湿度は低いが暑いインドの首都、Delihから、再び港町のMunbaiに戻りました。こちらはどのホテルのスパにあるスチームサウナそっくりのムシムシした気候で、ややばて気味です。Dehliでは、中心街の道路で、ウシ、イヌ、ウマ、ゾウ、ワシ、そして猿(私は目撃しておりませんが、スイスの在インド大使が財務省の玄関に猿の家族が住んでいるといっていました)、キジ、インコ、リス、そして無数の鳥を見ることができます。まるで動物園の中に官庁街があるようでした。
 昨日はインド政府の高官二人にインタビューすることに成功、昨年の末に打ち出した、インド政府のバイオ振興策について質問いたしました。インド政府には科学技術省の中に、バイオテクノロジー部が存在し、22人のスタッフがインド政府全体のバイオ産業や生命科学教育の振興に責任を持っています。

写真:鳥取大学に留学していたバイオ部コーディネータのRao氏。「バスが指しまわしの車に衝突した」と日本語で弁解、15分遅刻。一挙に緊張が解けました。
 2000人以上の関係者にインタビューして纏め上げたバイオ振興策では、いきなりバイオ予算を4倍増することに成功、インド政府の第11次5ヵ年計画にもこのバイオ振興策が盛り込まれ、ちゃくちゃくと実行しています。「これは実現を問われないポリシーではなく、実際に実行するバイオ振興戦略だ。既に振興策の50%以上に着手した」と語るのは、インド政府バイオ部のコーディネーターのRao氏だ。インドはバイオに本気です。詳細は日経バイオテクオンラインで報道いたしますので、ご期待願います。
 今は無きバイオ振興会議で打ち出した施策が結局は未消化に終わった日本とは違う状況です。方やインドは現在、経済成長により国庫は急速に潤い、その資金を今までインドを支えていた重厚長大産業とサービス産業から、知識資本主義に投入し、持続可能な成長路線に踏み出しました。91年のバブル崩壊により経済的に立ち行かなくなって、慌てて国家のビジネスモデルを切り替えようとして、切り替えられず、まだ製造業資本主義、つまりモノづくりのノスタルジーにしがみつかざるを得ない、ジリ貧の我が国とは大きな違いです。
 しかも、インドは町中で子供の姿を見るほど、人口もまだ増加しています。「これから7-8年間はインドの歴史上でも最も反映する時期になる」とバイオ部のNatheshi部長も断言しています。日出ずるインドと日沈む日本。条件的に不利な我々は相当知恵を絞り、汗をかかなくては、これからの国際競争で勝ち抜くことはできないと思いました。共に頑張りましょう。インドの元気を日本にももたらしたいと、切に願っています。
  Biotechnology Japan Webmaster 宮田 満