「休み明けの早朝は車が少ないから気をつけなくてはいけない」
 やっと見つけたタクシーの運転手さんが親切に教えてくれました。張り切って朝起きしたものの、新宿通りでタクシーを拾えず途方にくれていたのです。冬至からわずか2日後の朝は、暗く、寒く、情けなく、こんなことで取材に遅れるのかとため息ばかり。
 後ろを振り返りつつ、四谷に向って前進するという高度な技を駆使して、やっと外堀通りの交差点でタクシーを捕まえました。しかし、おかげでそこからノンストップで東京駅まで快足を飛ばし、12分でのぞみに乗れました。昔、六本木に住んでいた当時、朝起きてから15分でのぞみに乗るという記録を作りましたが、今回もこれに匹敵する好記録といえるのではないでしょうか?
 現在、午前9時開場の特別シンポジウム「多能性幹細胞研究のインパクト--iPS細胞研究の今後」(主催、科学振興機構、JST)を取材すべく、新幹線に乗っております。新横浜から空がやや明るくなってきました。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2004/9337/ 
●iPS細胞関連記事は、Biotechnology JapanのHot Newsの上にある「検索」をクリック、山中教授で検索してください。
●BTJジャーナルでも2つの解説とインタビューがありますのでご参照願います。
http://biotech.nikkeibp.co.jp/btjjn/pdf/btjjn0610.pdf 
http://biotech.nikkeibp.co.jp/btjjn/pdf/btjjn0709.pdf   日本のブームというのはそら恐ろしいもので、今では子供までがiPSなんて言っておりますが、本当に意味が分かっているとは思えない。今回のシンポも、JSTが来年度の予算の復活折衝に日程をにらんで設定した緊急シンポジウムです。iPS細胞には来年度新たに10億円が増額され、今では国家的研究に祭り上げられています。そんな祝祭を兼ねて行われるのが、今回のシンポジウムという訳です。
 今まで、このような新しいプロジェクトに対して、これだけ速やかに予算投入を決定した前例は、我が国の政府ではなかったのではないでしょうか? 関連大臣が顔を揃えて山中教授と面談したり、新聞が予算増額の予測記事でスクープ合戦をしたり、正に国民的な政治課題として注目され、処理されたと思います。欧米では重要な科学プロジェクトを立ち上げるために、政治家に対してロビー活動を行う、彼らはEducationという言葉を使いますが、ことは当たり前です。我が国では主に官僚と一部の学者が今回は動いた模様ですが、いわば「阿吽の呼吸」で重要な課題と皆が認識して協調して動いたと思います。平均的に知的レベルの高いが故の大衆的な意思だったのではないでしょうか。
 このメールでも書きましたが、iPS研究で大型の投資が必要であることは間違いありません。従って、10億円(まだまだ不足ですが)の新規予算は歓迎すべきことですが、問題は2つあると考えます。
 第一は、欧米の巨大プロジェクトのロビー活動と異なり、けっして今回の研究プロジェクトの計画が体系的、そして用意周到に関係者のコンセンサスを得られて進められた点ではないことです。大衆的熱狂による決断だからこそ、冷めるのも早いことを恐れます。iPS細胞の実用化は少なくとも10年から15年は必要です。しかも、分子生物学から遺伝子治療、レトロウイルス、生殖医療、そして安全性、さらに臨床試験計画の作成、さらには本当に社会に貢献するのか、経済学的社会学的な検討も必要です。集学的チームを編成しなくてはならないのです。iPS細胞の改良技術は山中教授が担当するとしても、集学的研究プロジェクトの編成のためには、数多くの研究者の参加とそれをまとめる豪腕のプロデューサーが必要でしょう。
 大衆的な合意による決断故に、学会内では山中教授に対する反発や嫉妬も渦巻いております。今回の10億円はまず次の大型iPS細胞プロジェクトを形成するための、フィージビリティ調査にも活用することを宣言した方が良いと思います。「オールジャパンでやりたい」という山中教授の気持ちを活かすためにも、半年かけて多くの学会関係者、企業関係者、政府関係者と協議を進めて、2009年度から大型プロジェクトを正式に発足する段取りが必要です。
 勿論、世界との競争は急を告げております。私の知る限り、今週発表される論文も含めて既に11報以上の論文がiPS細胞作成あるいはそれに関連した論文として発表されております。ヒトiPS細胞の基本特許の出願競争は既に終わったと思いますが、今後、実用化のための周辺特許出願の競争が控えております。
 第二の問題は、今回のiPS細胞の研究拠点がオールジャパンの美名の下に、わが国の研究者だけの拠点に堕落するかも知れないことです。iPS細胞研究では中国や欧米が既に狼煙を上げています。我が国が世界をリードするためには、皮肉なことですが、海外の優秀な頭脳を吸引しなくては、競争に負けることが明白だからです。山中教授が京大に創設する新研究センターをiPS細胞研究のメッカとすることこそ、急務であると思います。そのためには、京都大学医学部の知財管理が重要となります。山中教授も、米国Gladstone研究所の客員研究員に07年夏から就任しておりますが、雇用契約の内容次第では、知財が同研究所の所有となる危険性があります。文部科学省は京大医学部の知財管理体制強化にも資金を投入しないと、蟻の一穴から投入した国税の成果が、太平洋に流れ出る危険性があります。
 世界の頭脳を吸引するには、我が国にはびこるiPS細胞研究の阻害要因を整理除去する必要があります。例えば、iPS細胞に関するいくつかの研究規制は、世界的に既に遅れたものとなっており、国際競争の頸木となっています。例えば以下の如くです。
 もし今のままレンチウイルスベクターでiPS細胞を作成するのなら、1種類の製品を除き、我が国のカルタヘナ条約の規制では、研究のための事前承認が必要となります。欧米ではそんなことはなく、複数のレンチウイルスベクターやその改良品をつかって、4種の遺伝子を効率よく入れる研究は可能です。また、我が国では世界で唯一のES細胞を使用する研究にも規制がかかっており、iPS細胞とヒトES細胞の比較試験ですら認可まで2年も待たされる状況があります。この他、遺伝子治療の規制など、一度制定されると科学的な知見や経験が積み重ねても、わが国の官僚主義の通弊のため、規制緩和が必ず世界に遅れるという伝統によって、iPS細胞研究を阻む沢山の時代遅れの規制が残存するはずです。
 いくら素晴らしい建物を作っても、このままでは海外から俊英を集めることは難しいでしょう。京大のiPSセンターが砂上の楼閣とならぬためにも、一度、バイオに関する規制の総棚卸が必要なのです。
 皆さんも、下らぬ、時代遅れの規制がありましたら、どうぞご一報願います。これから皆さんと共に大掃除いたしましょう。
 さて、京都に到着しました。
 冬休みにざっとバイオや大学の最新状況をお読みになりたい方は是非とも、BTJ ジャーナルの一年間一気読みをお勧めいたします。まとめて読むと、流れが姿を現します。しかも総て無料です。
http://biotech.nikkeibp.co.jp/btjjn/
 今週末は本当の大掃除に借り出される読者も多いのではないでしょうか。
 私もまず間違いなく。
 冷え込みそうですが、どうぞご自愛願います。