先ほど、国会の脇を車で通り過ぎたら、歩道が1cmくらい黄色い銀杏の葉で埋まっておりました。都心でも、こんなに鮮やかな彩りの中を歩くことができるとは。日本はやはり見事です。
 しかし、ほぼ一夜にして散った豪勢な黄色のガウンを脱いだ銀杏の木の寒々しさは、否応もなく冬の真っ只中に、ぽつんと取り残されたことを気付かせるものです。これからは暫く、冬を楽しまなくてはなりません。
 先ほど、来年10月15日から17日まで横浜で開催するバイオジャパン2008の打ち合わせを終了、おっとり刀で日本財団の会議室に駆けつけました。第4回総合人間学国際シンポジウム「開放知としての科学と宗教」というシンポジウムに参加するためです。
 総合人間学という学問は極めて挑戦的な学問で、哲学者、考古学者、動物行動学者、脳科学者が参画して、人類の知恵を時間軸と空間軸にわたって統合的に解釈しようという壮大な試みです。宗教や美などの価値観を、進化や分子生物学によって説明しうるのか? まだ、かならずしも成功しておりませんが、生命科学が、「私達は何者なのか?何故生まれ、どこへ行くのか?」という根本的なテーマを説明することを義務付けられているため、こうした無謀な試みにも参画し、分子生物学者も哲学者や芸術家と混ざって議論すべきだと思っております。
 しかし、同時にこうした議論をするために必要な共通の知識基盤が、バイオ研究者と哲学者や芸術家、考古学者に存在する訳ではない、もどかしさを感じることは宿命であります。かつて旧制高校では誰もが共有していた思想や文、歴史、芸術に対する素養が、文科系と理科系に高校時代から鮮明に区別されて勉学を強いられる今の仕組みでは、なかなか獲得しがたいという深刻な事情もあります。このメールで何回も生命学者の博士号は、哲学博士であることを再三指摘していますが、現在の教育システムでは、この称号を照れずに受領できる研究者は何人いることか? はなはだ心もとない現状です。
 現在、京都大学総合博物館館長の山中一郎教授が、原人の石斧の作り方に熱弁をふるっています。今まで石斧なんて自然石と区別できないじゃないか? などと思っておりましたが、その考えは無知故でした。50万年前から原人が骨や木片という軟質の道具で、石斧の歯を製作するようになったらしい。明らかに軟質の道具を使うと、剥離できる石片が長く、薄くなり、より鋭利な石斧が生産できるようになったのです。原人は原石をどう割れば、どういう石斧になると予測して石片を製作しており、そのために固い石だけでなく、軟質のハンマーを使うタイミングも考えていたというのです。結果を予想して、時間的に遡り、的確な行為を行う、人としての活動が石斧に反映されています。
 山中氏によれば、現在、道具を使うことで話題となっているチンパンジーが造る石器とは雲泥の差があると指摘しています。260万年前のホモ・ハビリスの石器の方がチンパンジーより知的な石器を作っているとも断言しました。
 考古学に関しては、07年9月にNature誌にグルジアで発見された180万年前の原人の骨の論文が掲載されています。今後の発掘によって、今思い込んでいる原人の歴史が変わる可能性もありますが、こうした考古学的知識や神話学などと分子生物学や脳科学を融合して、ヒトの知とはどう発生したのか? などという議論をこれから行おうとしております。
 科学は再現性のある現象のみを取り扱うべきだと考えており、今回のテーマはそもそもそれを逸脱する可能性濃厚です。が、文理の溝を埋める無謀な努力は、知的にもそそられますし、きっと将来の新しい、特に脳科学を開くヒントを与えるかも知れません。古今東西、多数の哲人が考え抜いてきたことを、分子生物学で説明する悪あがきも、何かの役に立つかも知れません。
 結論的に言うと「よう分かっていないということです」と、山中先生は締めくくり、会場の笑いと納得を得ました。確かにユーモアなしには、現在の状況に立ち向かう勇気を得ることは難しいかも知れません。
 次の講演者は日本の律令制度、その次は中国の理気世界観?、最後は仏陀です。明日は、イスラーム、ギリシャ、ユダヤと来て、パネルディスカッション「グローバル時代の科学と宗教」を行います。知的なシャワーを浴び続けることは快感なのですが、問題は明日午後3時15分からパネルディスカッションのモデレーターを仰せつかっていることです。パネリストにはフランスPasteur研究所の脳科学者、Jean-Pierre Changeux教授も参加します。
 まさに絶対絶命。
 打ち合わせでも正直言って哲学者がおっしゃることは、ほとんど分からなかった。唯一の救いは、パネリストとして理化学研究所の脳科学者、御子柴先生が参加することです。二人して「重要だが、絶対恥をかくことは避けえない」と腹をくくったところです。
 もし、こんななさけない状況でも、ご興味がありましたら、12月11日午後1時から東京溜池の日本財団2Fの大会議室でシンポジウム2日目が開催されますので、ご参加下さい。当然、参加料無料です。
 何とか、分子生物学と諸文化・哲学の共存を目指したいと思います。いやー、しかし、無理かもしれません。私の興味があるのは、遺伝子がほとんど同じなのに、ヒトはエピジェネティクスによって多様な文化を発生し得たのは何故か? そのメカニズムは、対立を生むだけでなく、地球上の相互理解にも貢献できるのではないか? という仮説です。
 今晩は長くて眠れぬ夜になることだけは間違いありません。
 さて、先週は次世代抗体セミナーに多数の方がご参加いただきありがとうございました。ファージディスプレイ抗体の基本特許は08年に切れるといったのはやや言い過ぎだった可能性があり、現在、調査中です。いずれにせよ、皆さんの熱い参加に感謝をいたします。
 今年のBTJプロフェッショナルセミナーもいよいよ最後を迎えます。
 12月14日、東京でファーマビズセミナーを開催いたします。バイオ研究の成果をどうやって最も効率的に実用化を進めるべきか? 急進展するバイオ技術によって変更を大きく迫られる創薬戦略を議論します。
 欧米製薬企業に加え、我が国の製薬企業や大学からも新戦略を構築する知性が集結します。あなたにも、ご参加いただきたいと希望します。詳細は下記をご覧の上、どうぞお早めにお申し込み願います。
http://bio.nikkeibp.co.jp/bio/seminar/071214/
 今週もどうぞお元気で。