今週水曜日こそが重要です。
 浦和レッズが我が国で初めてアジアチャンピョンリーグの覇者となる可能性があるためです。イラン・イスファハンで11月7日に開催されたのアウェイ戦で、あの高温と大声援の中でセパハンと1:1の引き分けでした。故障者も多く、J1の優勝決定の山場という大変な情況ですが、ホームでの勝利か、最悪でも0:0の引き分けで優勝が決定します。欧州チャンピョンズリーグや南米リーグの覇者と12月に日本で世界一を競うクラブワールドカップへ、レッズが進出して欲しいと心から願っています。スタジアムはきっと真っ赤に染まるのでしょうね。行きたいけど、バイオ年鑑の執筆で絶望的です。ベンゲル監督の下に、10代から20代前半の若手中心のチームによる次世代のサッカーで欧州チャンピョンズリーグを切り裂いているアーセナルと対決する夢みたいなことが起こったら仕事どころではありません。
 さてバイオです。
 先週の末にかけて、京都でOOTR(腫瘍学とトランスレーショナルリサーチ機構)と東京でCRCアカデミーを取材いたしました。水曜日の個の医療でもその内容に触れますが、我が国の臨床開発や抗体医薬・標的医薬研究の情況にいささか懸念を抱かざるを得ません。OOTRでの基礎と臨床開発の密接な連携は、我が国の癌学会やがん治療学会では味わえない、しかも、癌のシグナル伝達ネットワークの研究から生まれつつあるシステム生物学の考え方を患者の治療に結びつけつつある先進性です。我が国では日本癌学会とがん治療学会が断絶しているように見えますが、これでは我が国のがん治療は大幅に遅れてしまうと心配になりました。
 OOTRで最も印象的だったのは、イスラエルのWeizmann Institute of Science Biological Regulation部門(部門名だけでも驚きます)のYosef Yarden氏の講演でした。同氏はEGF(上皮細胞)受容体のシグナル伝達ネットワークを研究しております。抗EGF受容体2抗体(Herceptin)や抗EGF受容体1抗体(Erbitux、Vectibix)がそれぞれ乳がんや大腸がん(日本未承認)に商品化されています。EGF受容体2と結合するヒト化抗体、Omnitargの開発も臨床段階に進んできました。さらに、イレッサやタルセバ(2007年10月22日、日本でも承認)など、EGF受容体1によるシグナル伝達の阻害剤(EGFR1チロシンキナーゼ阻害剤)も相次いで商品化が進んで来ました。EGF受容体2シグナル伝達阻害剤のTykerbも07年3月に米国で承認されています。
 抗体医薬と低分子医薬が入り乱れて開発が進んでいます。EGF受容体のシグナル伝達系は標的医薬の開発の主戦場といっても良いでしょう。臨床使用の経験も蓄積しつつあります。
 「線虫など下等動物のEGF受容体シグナル伝達は、リガンドと受容体が1対1の関係で制御されていたが、ヒトでは4種の受容体(EGF受容体3は機能していない)とEGF、HB-EGF、TGFα、Amphiregulin、Epiregulin、βGellulin、NRG1β、NRG2、NRG3、NRG4など多数の生体内のリガンドがある。しかもその制御は、それぞれの受容体とリガンドによるシグナル伝達が相互作用したネットワークとして行われている」とYarden氏は指摘しました。実際、HerceptinとErbituxの併用によって、治療有効性は拡大しています。EGF受容体シグナル伝達ネットワークを揺さぶることで、抗がん効果が増大している可能性があります。更に近年急速に注目を浴びつつあるのは、EGF受容体シグナル伝達と他のシグナル伝達系の相互作用です。
 今回のOOTRでインスリン様成長因子受容体のシグナル伝達とEGF受容体1のシグナル伝達が相互作用することが、抗IGF1受容体抗体A12とErbituxを併用すると抗がん作用に相乗効果があることを米MD Anderson Cancer CenterのRakesh Kumar教授が発表しました。私たちの想像を超えて、細胞内のシグナル伝達ネットワークは相互に関連している可能性があるのです。実際、HerceptinやErbituxが抗がん剤の作用を増強したり、抗がん剤抵抗性がんの抵抗性を解除する症例が観察されてきましたが、これも単に抗体依存性の細胞障害作用だけでは説明できない、シグナル伝達ネットワークの揺さぶりも関係しているのではないでしょうか?
 いかにも論理的なYarden教授は、人類の進化が生んだシグナル伝達のネットワーク制御系は、日常の小さな変化を吸収、きわめて安定なシグナル伝達を可能にするが、大きな変動にはとても脆弱であることを指摘しました。抗体医薬や抗がん剤はこの大きな変動に相当します。小さなシグナル伝達系の揺らぎを与えても治療効果は望めず、ネットワークの制御範囲を超えたシグナルを入れる必要があると過激でした。最大耐用量(MTD)以下に最大作用量のある抗がん抗体の場合、その最大刺激をどうやって与えるか? 単に抗体の投与量を増加させるだけでは、がん細胞表面の受容体はどんどん内部に陥入し、治療効果は失せてしまいます。がん細胞表面上の標的受容体の数も重要です。この点は水曜日発信の個の医療メールマガジンでも言及いたします。登録がまだの方はどうぞ下記よりご登録願います。今なら間に合います。
http://passport.nikkeibp.co.jp/bizmail/p-med/index.html
 更に、もし抗体依存性細胞障害作用でネットワークを揺さぶることを考えるなら、細胞表面の標的受容体数を考えると、もっと比活性の強い抗体が必要となることを意味しています。その意味では協和発酵の脱フルクトース化によってADCC活性を増強するポテリジェント技術は有望といえるでしょう。
 しかし、シグナル伝達ネットワーク制御には悪い性質もあります。それは、ネットワークが外部刺激に対応してつなぎ変えられる可塑性です。がん細胞の場合はすなわち、耐性獲得を意味します。既に、臨床経験の長いHerceptin(ハーセプチン)には薬剤耐性の症例を観察されるようになってきました。化学抗がん剤と同様に、抗体医薬でも耐性の出現は免れ得ないとYarden氏は指摘しました。
 同氏はしかし、希望も与えてくれました。ネットワーク制御の可塑性を逆手に取って、薬剤耐性の解除も可能であるというのです。実際、同氏は試験管の中ですが、エストロジェン受容体陽性の進展度の低い乳がんに対して、まずタモキシフェンを投薬する(第一段階)。そうしている間に出現するタモキシフェン耐性でEGF受容体2陽性の乳がんにHerceptinを投薬する(第二段階)。Herceptinとタモキシフェンの両方に耐性の乳がんが出現したらTycarbを投与する(第三段階)。Tycarb耐性の乳がんが出現した場合、タモキシフェン耐性が解除されている場合があり、この場合にタモキシフェンとTycarbの併用を行う(第四段階)。これによって乳がんはエストロジェン受容体陽性で、比較的悪性度の低い腫瘍に変わる、つまり第一段階の治療対象となると指摘しました。つまり4つの薬剤の組み合わせ投与をサイクルのように繰り返して、乳がんを治療可能だと大胆に提案したのです。
 会場の臨床医から「いったい実際の乳がん患者の何割にそれが適用出来るのか?」と大反論がありました。患者さんの多様性はそんなに甘くないという訳です。
 勿論、まだこのサイクル投薬法はコンセプトに過ぎません。
 しかし、耐性がん細胞出現によるモグラ叩きに疲れ果てている臨床現場にとってこれが実現できれば大きな救いとなることは間違いありません。EGF受容体シグナル伝達ネットワークの全貌に肉薄し、その制御を可能とすることこそが、代謝物制御の先にあるシステム生物学の喫緊の課題であると強く思いました。
 この問題を解くための強力な武器は、国立遺伝学研究所が開発している1分子画像解析システムとOOTRで慶応義塾大学先端生命科学研究所の石浜助教授が発表した網羅的なリン酸化部位の解析方法であります。後はこれに有能で数学が分かるがん治療の臨床医とインフォマティックス研究者がチームを組むことです。
 実は、既に我が国でこうした研究が実は芽生えています。取材は進めておりますのでどうぞご期待願います。
 皆さんとともに大いに楽しみにしたいと思います。
 さて末尾を借りて少し宣伝です。
 標的医薬・抗体医薬の出現により、創薬戦略や適応拡大を含むマーケティング戦略は、前述の如く激変に直面する事態を迎えています。秋のBTJプロフェッショナルセミナー第4弾として、12月14日にPharmaBusinessセミナー医薬品R&D価値最大化の戦略」を緊急開催することを決定しました。今回のセミナーは企業戦略を策定するあなたにご参加いただきたいものです。少数精鋭セミナーですので、どうぞ下記より詳細をご確認の上、お早めにお申し込み願います。
http://bio.nikkeibp.co.jp/bio/seminar/071214/
 秋のBTJプロフェッショナルセミナー第三弾は12月6日午後に抗体医薬を予定しております。今回は次世代抗体医薬の開発から、抗腫瘍壊死因子抗体を例にとって、抗体の分子による実際の臨床効果の差異まで議論したいと考えています。近く募集開始いたしますので、どうぞお時間を確保願います。
 最後に、秋のBTJプロフェッショナルセミナー第二弾「次世代シーケンサーはバイオ産業をどう変えるのか?」に対して、たちまち皆さんにお申し込みをいただき、感謝しております。11月29日の午後、東京で開催いたします。
 2007年に相次いで実用化された次世代の高速シーケンサーは、たった一晩で30億塩基を解読可能とする偉大な技術革新です。API3700の出現が遺伝子操作一本槍だったバイオ産業をゲノム産業に変貌させたような、量子的な飛躍が再び起ころうとしています。
 この影響は真の意味で個の医療を可能とする他、地球上の微生物・生物資源を駆使して、発酵産業やエネルギー産業、そして化学産業をも大きく変革する第三のバイオ革命を起こそうとしているのです。
 今回は次世代シーケンサーの最先端の研究者を招き、この技術革新がバイオ産業や皆さんの研究をどう変えるか、議論いたします。
 是非とも皆さんのご参加を心待ちにしております。
 新しいバイオ産業のビジョンを皆さんと共有したいと思います。
 「DNAシーケンスなど終わった」と思っているあなたこそに、是非ともご参加いただきたい。まさに目から鱗の5時間となるはずです。
 詳細は下記よりアクセスし、どうぞお早めにお申し込み願います。
http://bio.nikkeibp.co.jp/bio/seminar/071129/
 会場でお会いいたしましょう。
 PS
 前回のメールで、肝障害のバイオマーカーであるオフタルミン酸をヒューマンメタボロームテクノロジーズが開発しているような表現がありましたが、慶応義塾大学が開発を担っております。ここにお詫びと訂正をさせていただきます。