現在、京都に向う新幹線の中です。最近はJR東海にお世話になっている時間の方が、自宅より長いのではないか? 調べるのが怖い感じです。
 今週は3日の9時30分より日本癌学会(横浜)で産官学連携1:臨床開発の国際化・迅速化方策というワークショップに参加します。そのために、週末は我が国で現在行われているフェーズII以上の段階に進んだ臨床試験を全部目を通しましたが、我が国に起源したオリジナルのバイオ医薬がほぼ零に等しいことに驚愕しております。やはりこの10年は失われた10年だったのです。80年代には我が国の企業はインターフェロンβの開発で世界の先陣を切り、インターロイキン1と肝臓細胞増殖因子(HGF)のクローン化では世界をリード(米Genentech社にわが国の企業は勝ちました)、組換えG-CSF、RANKL、血小板増殖因子のクローニングで相打ち、敗れはしましたがエリスロポエチンも国際競争の主役を演じていました。しかし、今や絶頂を迎えようとするがんの標的医薬や抗体医薬ではまったくの後塵を拝しています。
 日本の学会や企業の開発ステージが何故か、10年ずれ、初期のころは頑張るのですが、次の死の谷を越えられない。ARBやスタチンなど20年前の創薬の焼き直しで、現在、空前の利益を上げていますが、2から3年以内に特許が切れるのは子供でも分かります。それなのに、世界のビッグファーマが抗体医薬を中心としてバイオ医薬で売り上げの25%以上を既にに稼ぎ出している現状に目を背け、大手3社はバイオ医薬の売り上げは全体の3%もありません。
 結局、90年代から始まった第2のバイオのイノベーションの波に、我が国の企業は全く出遅れたのです。日本企業からのARBやスタチンを製品導入したビッグファーマが、その利益をワクチンと抗体医薬、そしてsiRNAの開発に注ぎ込み、第二の技術突破に見事に乗ったこととは好対照です。その間、我が国の企業は”ブロックバスター”の夢をもう一度見ており、武田薬品を除き、金城湯地の米国市場を自ら開拓する汗もかかなかったのです。その間、急速に医薬市場は世界統一市場へと向かい、次の基盤産業は医薬・医療産業と農業であることを明確に打ち出した米国政府などの圧力によって、国内の保護策は次々と消失し、医薬品審査の透明化は進みました。仮に、米国政府の圧力が無くても、技術革新によって我が国の欧米諸国の間に生じたドラッグ・ラグ(新薬認可の遅れ)は当然、政治問題化したはずです。
 我が国を背負ってきた製造業が上海万博までは持つでしょうが、成功した企業は国際化せざるを得ず、我が国の雇用確保や税収に成功した企業の売り上げ拡大が、直結する訳ではありません。我が国の製薬企業の整理再編成と外資系企業の売り上げ増によって、むしろ今まで存在した我が国の製薬市場に依存した雇用と利益の国際移転が起こっているのです。
 我が国の企業がゾロ新でブロックバスターの夢を追っている間に、1新薬の臨床開発に必要な費用は13億ドルまでに膨れ上がりました。こうした費用を捻出するためという言い訳で、我が国製薬企業の合併が進んでいますが、そもそもこの考えがもう既に時代遅れ、劣った未来認識が事業フェーズのずれを再び招くことを恐れます。生物学的に言えは、巨費を投じ、1万例以上の国際共同治験を行いやっと違いを証明できる違いは大した健康に対する貢献を果たす訳ではありません。
 しかも、こうしたメガスタディは必ずしも追試されている訳ではなく、再現性という観点からも科学的真実とはまだ認定されている訳でもありません。勿論、臨床統計学者を動員して、統計的真実であるという主張はするでしょうが、それは科学論文として発表する最小限の決まりごとを満たしているということに過ぎません。
 メガスタディが事実上試不能であるとするならば、科学的真実らしさを増すためには、ニュートリノの観測などの高エネルギー物理学の実験のように、厳密な理論予測が必要ですが、残念ながら生命科学の理論はまだ稚拙で、システム生物学が完成するまでは、とてもかなわぬ夢です。第一、システム生物学がいつ完成するかを占うことすら、現状では不能でしょう。
 多数の臨床経験が蓄積し、特許が切れた現在、スタチンもかつて敗血症や脚気の特効薬であったビタミンCやビタミンBのように、ジェネリックから一歩進めて大衆薬化(OTC)すべきです。勿論、安全性を確保した上ですが、むしろ価格を下げ、飲みやすくし、コンプライアンスを上げることの方が、国民の冠状動脈疾患や脳梗塞の発生率を下げることに貢献すると思います。医師の責任から、患者のセルフケアに任せ、運動や食事とバランスを個々に最適化した方が、よっぽどスタチンの良さが発揮されるはずです。
 10年以上前に、スイスNovartis社の最高経営責任者が「ブロックバスターを追うことより、患者さんに本当に効果がある薬が良い薬なのだ」という発言を聞いて、なんだか格好良すぎると反発した覚えがありますが、今から思えばこれは誠に正しい、同社が開発した慢性骨髄性白血病などの第一選択薬「グリベック」は、慢性骨髄性白血病の内、フィラデルフィア染色体という異常染色体を持つがんの患者さんにしか効きませんが、特効的で、救命効果が極めて高い標的医薬です。その後、同じ標的(たんぱく質キナーゼ)や類似した標的が原因のがんに適応拡大し、実はブロックバスターに成長しています。2006年度の売り上げは14億2100万米ドル、前年比19%も伸びています。患者のクリティカルな問題を解決する薬は売れるのです。
 しかも、効かない患者を予め選別して投薬できるグリベックは個の医療の先駆けでもあります。その結果、臨床試験から新薬製造申請まで96ヶ月も必要な抗がん剤としては例外的に19ヶ月で終了、しかもその効果から米国食品医薬品局は申請後、わずか2ヶ月で認可を下しました。当然、グリベックの臨床開発コスト、そしてその効果故に、販売コストも、スタチンなどと比べると大幅に削減したはずです。
 我が国の企業は、スタチンやARBの夢から一刻も覚め、患者さんのクリティカルな問題を解決する企業に変貌しなくてはなりません。新しい医療、そしてあるべき医療をイメージするビジョン力が重要です。
 先月のBioJapan2007でインタビューした米Alnylam社の経営最高責任者が「キッセイ薬品て良い会社だね」と一言漏らしたのは印象的でした。Alnylam社は次のGenentech社の有望バイオベンチャー、siRNAのリーディングカンパニーです。
 イノベーションを実現する力なくして次代の製薬企業は成り立ちません。ただ規模拡大の幻想に駆り立てられて、大型化しても、まずそこに安寧の地はないと、私は確信しております。
 といいながら調べておりますと、07年9月28日にNovartis社はMITと提携して、バッチ製造法から連続製造法に医薬生産を転換する共同研究に着手したと発表していました。いよいよ、cGMP準拠の少量多品種生産システムの開発に本腰を入れて来たのです。臨床開発のコスト削減に加え、製造プロセスの柔軟性を増加、コスト削減とスピードアップを狙っています。もの造り日本の心臓部に手を突っ込んできたのです。詳細は発表しておりませんが、これがマイクロリアクターであろうことは容易に想像が付きます。医薬品企業にとって製造プロセスですらスケールメリットを享受できない、時代が迫っています。
 我が国の製薬企業のトップは頭を切り替えなくてはなりません。
 今週も、お元気で。
 PS
 一人でも多くの参加をお待ちいたします。
 メタボロームは我が国が世界をリードする数少ないプラットフォーム技術です。
 11月7日午後1時より東京の日経ホールで、BTJプロフェッショナルセミナーを開催いたします。今回のテーマは「メタボロームの産業化」です。
 まだ水面下ですが、医薬品から食品、そして農業・環境問題まで、メタボロームの産業化は既にに着手されています。基礎研究からどこまで産業に展開し、その問題は何か。今回も熱く皆さんと議論したいと思います。どうぞ、手帳にこの時間の確保を願います。詳細とお申し込みは下記からアクセスできます。
http://bio.nikkeibp.co.jp/bio/seminar/071107/
 PS2
 癌学会のワークショップの講演者は下記の通りです。是非とも皆さんと議論いたしましょう。9時半から12時、パシフィコ横浜 M 501です。 画期的新薬の早期開発に向けて(厚生労働省研究開発振興課の荒木一弘課長)国際共同治験の現状、産の立場から(岩崎甫氏)国際開発促進のための企業的側面 (万有製薬の高橋希人副社長)民の立場から今言いたいこと:革新的医療の普及に向けて(宮田満)TR推進に向けたベンチャー育成(佐伯浩治氏)企業の支援育成とTR推進(経済産業省の徳増有治審議官)開発型医師主導治験の支援方策(先端医療振興財団村上氏)